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『11PM』大橋巨泉、藤本義一、愛川欽也、天中殺!

11PMタイトル

『11PM』(1965年11月8日~1990年3月30日、日本テレビ・読売テレビ)の深夜番組が始まったのが、今からちょうど50年前の1965年11月8日です。初のナイトショーとして話題になりましたが、政治や流行分析なども踏み込んだ、おしゃれだけど意欲的な構成だったと思います。テレビが面白かった時代の象徴ともいえる番組ではないでしょうか



11PM』というのは、主に午後11時15分から始まった深夜の生ワイドショーです。

1970年~80年代は、現在のようにほぼオールナイトでテレビが放送され、夜中まで人が活動している時代と比べると、まだゆっくりと動いていました。

その当時の午後11時は、もう就寝時間。

だからこそ、その時間帯にテレビを見るのは、その行為自体が背徳的でわくわくしたものです。

テレビマンも、そのような時間帯だからこそ、チャレンジ精神旺盛に、いろいろな企画を実現したのではないかと思います。

『11PM』は、番組開始当初は報道番組でしたが、半年ぐらいで、ワイドショー形式に変更。

月曜、水曜、金曜は日本テレビが、火曜・木曜は読売テレビが制作していました。

私がよく見ていた頃は、月曜と金曜が大橋巨泉、水曜が愛川欽也、火曜と木曜が藤本義一の司会でした。

「シャバダバダ……」というテーマ音楽とともに、カバーガールの秋川リサかたせ梨乃多岐川裕美池島ルリ子セーラ・ローエルらが微笑み、番組が始まるのです。

その中でも、とくに印象深いのが、月曜日の「月曜イレブン」でした。

あるテーマを、何回かに分けて追うのですが、私がとくに興味深く、30年たっても覚えているのは、「天中殺」(1979年)というテーマを扱った時です。

長嶋茂雄解任と天中殺の関係


「天中殺」は、今でも占いのサイトに出てくる言葉ですね。

算命占星学という占いで、誰でも、12年のうち2年、1年のうち2ヶ月、1ヶ月のうち4~6日が天中殺にあたり、そのときに新しいことをシてはいけない、ということになっているそうです。

「月曜イレブン」では、その占いを、ジャズ評論家や競馬の予想屋から易者に転向した、和泉宗章という人が紹介しました。

和泉宗章氏は、その例として、天中殺の月の天中殺の日に監督を引き受けた長嶋茂雄は、日本一にはなれないし、監督業を79年のシーズン限りで辞めると断言。当時大変な話題になりました。

易者はそれまで、どちらともとれるような曖昧な答えにとどめることが多かったのですが、日本テレビとは同じグループの球団について、しかも日本一の人気球団の人気監督について、和泉宗章氏は時期まで定めて「辞める」と断言したわけですから、センセーショナルだったわけです。

78年の巨人は、ヤクルトに敗れて2位でしたが、それまでは連続優勝を遂げており、まさか長嶋茂雄監督がやめるような状況ではありませんでした。

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ところが、和泉宗章氏の断言以来、風向きが変わったんですね。

79年のシーズン開始前、小林繁江川卓政治的トレードがありました。

そして、79年の公式戦は、巨人は前年2位から5位に転落。

それまでタブー視されていた、長嶋采配のおかしさをマスコミが叩くようになりました。

さらに、オフに招聘した青田昇ヘッドコーチは、暴力団や野球賭博を連想させるような舌禍事件を起こして、80年のシーズンを待たず辞任。

しかし、長嶋茂雄監督は辞任せず、80年の公式戦の指揮を取りました

和泉宗章氏は、長嶋茂雄監督が80年の公式戦の開幕ベンチに入った2日後の「月曜イレブン」で、引責の易者廃業を宣言

実は占い嫌いの大橋巨泉も、ここで初めて批判的な意見を述べました。

それによって、いったんは収まったかに見えた天中殺騒動でしたが、80年のシーズンはまたしても巨人は優勝できず、今度は、80年のシーズン終了をもって巨人は長嶋茂雄監督を更迭

時期は少しずれたけど、長嶋監督はやめたのだから、占いは当たったではないか、「天中殺は死なず」ということになったわけです。

時期が外れたら「ハズレ」


今も「天中殺」という言葉が生きているのは、このことがあったからだと思います。

でもねえ、時期が外れたら、やはりその占いはハズレじゃないんでしょうか。

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そもそも、長嶋茂雄監督は「天中殺の月の天中殺の日に監督を引き受けた」ということでしたが、それは新聞報道からその日を推定したものであり、それが本当に「監督を引き受けた日」といえるかどうかは怪しいものです。

すくなくとも、監督就任は契約上は1975年2月1日のはずですが、長嶋新監督の発表は、前年の10月には行われています。

いったい、占いの基準になっていた日は、球団の要請を受けた日か、記者会見して発表した日か、契約上の始期か、そこが曖昧なまま、「天中殺の月の天中殺の日に監督を引き受けた」という言葉だけが独り歩きしていたのです。

時間軸による占いというのは、算命占星学にかぎらず、そういうところがすでにいい加減ですよね。

ノストラダムスの大予言』もそうでしたが、人は未来を不確実なものとしてとらえているので、根拠のない予言を畏れ、また惹かれるようです。

でも、人間の生活はそもそも偶然に満ちていますから、「予言」なるものがあたったか外れたかなどは、どちらにしてもそんなに気にすることはありません。

そこに、客観的な因果関係が解明された時、はじめて生活や価値観に採り入れればいいのではないかと思います。

ただ、私は、『11PM』を人騒がせな俗悪番組とは思いません。

世間の注目を集め、天中殺を流行語にしてしまった影響力ってすごいなあと思いました。

和泉宗章氏の占い自体は、人騒がせではありましたが、何より、当時の私は、このことで占いとはなんだろうと考えさせられました。

こういうパワフルな番組は、今は地上波にはありませんからね。

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