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ザ・コンビクトとコンビクト

ザ・コンビクト

ザ・コンビクトとコンビクトの話です。昨日の『麺屋武蔵蒲田店(大田区)デカ盛り1キロつけ麺とダブルスープ』という記事について、いろいろな方にコメントいただき、ありがとうございました。その中で、ザ・コンビクトという昭和プロレスのキワモノレスラーにコメントいただけたので、調子に乗って、ザ・コンビクトについて書いてしまいます。



昨日の記事をまずリンクします。

麺屋武蔵蒲田店(大田区)デカ盛り1キロつけ麺とダブルスープ

麺屋武蔵蒲田店

麺屋武蔵蒲田店は、麺1キロのデカ盛りでネットのレビューは取り上げられています。

が、お店の雰囲気や店員の接客態度もよく、何より、鶏ガラや豚骨を主体とした「動物系スープ」と、さんま干しや、かつお節、煮干しなどの「魚介系スープ」の2つを使うダブルスープで一躍評判になりました。

デカ盛りというと、それ自体が目玉になっていて味は二の次、いわば芸能やプロレスでいう「キワモノ」的なお店が少なからず存在しますが、麺屋武蔵蒲田店は、そのような取り上げ方をしなくても、またリビしたいお店であると当該記事に書きました。

そのとき、「レスリングの出来るグレート・アントニオやザ・コンビクト(昭和プロレスのキワモノレスラー) 」と例えたのですが、まあたぶん、多くの方には「意味不明」であると思っていましたか、そこにコメント頂きました。

>ザ・コンビクトって、その名前のキャラクターグッズ屋さんで
>初めて知りました。
>by うつ夫 (2016-12-08 01:43)

そうなんです。

コンビクトという店名だけでなく、明らかにザ・コンビクトを意識した広告を見たので、それもあって、書いてみたのです。

ザ・コンビクト

ザ・コンビクトとは


1970年の、第12回ワールドリーグ戦に来日したレスラーです。

ザ・コンビクト

名前やコスチュームでわかるとおり、囚人ギミックで話題になりました。

プロレス興行は、ストロングスタイル、反則ばかりする悪役、そして、現実離れした怪物を揃えると興行が成功すると言われていた時代です。

その昔、力道山が活躍していた頃、グレート・アントニオという大柄で浮浪者のような格好をしたレスラーが、神宮絵画館で人の乗ったバスを引っ張ったことで、そのシリーズはグレート・アントニオ見たさに盛況だったといいます。

このザ・コンビクトもそれを狙ったものです。

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フレッド・ブラッシーのマネージメントで、シンシン刑務所から脱獄してきたという設定です。

囚人服を来ていたからといって、本当に刑務所から脱獄してきたと信じてしまうわけではありませんが、ザ・コンビクトが驚異だったのは、当時の日本プロレスのエース、ジャイアント馬場よりも大きかったことです(214センチ、180キロ)。

どんなに強そうなガイジンが来ても、ジャイアント馬場の方が大きいからと安心していたのに、ジャイアント馬場よりも大きい。

しかも、180キロという体格でもわかるように、横もガッチリしている。

これでジャイアント馬場は大丈夫なのかと、ファンを心配させたわけです。

当時の人気プロレス漫画『タイガー・マスク』でも、壮絶な金網デスマッチを行っています。

しかし、プロレスは見かけだけでは通用しません。

とくに、力道山時代よりもファンの目も進化していました。

序盤戦は、若手相手に「圧倒的強さ」を誇っていたザ・コンビクトも、後半になって、ジャイアント馬場やアントニオ猪木や、坂口征二といった主力相手には全く通用せず、結局来日もそのシリーズ1回だけでした。

コンビクトとは


キャラクターグッズのお店です。

アフィリエイト記事ではないので、詳しくは書きませんが、最近新聞に出している宣伝は、たんなる「囚人」ではなく、まさにザ・コンビクトを意識したものです。

ザ・コンビクト

たった1回の来日で、46年もたってから思い出してもらえるとは、すでに鬼籍に入ったご当人としても思いもよらなかったでしょう。


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コメント 4

アニ

フレッド・ブラッシーは知ってますが、このコンビクトは知りませんでした(^_^;)
by アニ (2016-12-09 23:07) 

末尾ルコ(アルベール)

いきなりの「画像」にふらふらと数秒間夢幻の世界を・・・。「ハッ!」(←現実に戻った様子 笑)。へえ、ザ・コンビクトは214cmもあったんですね。それは知りませんでした。しかしそれを考えても、アンドレ・ザ・ジャイアントが若い頃は224で動きもよかったから、驚異だったのが分かります。猪木がかつてインタヴューで、「アンドレにはボクシングをやってもらいたい」という意味の発言していたのは、あの体と運動能力でボクシングをやらせたら、との思いだったようです。しかしぶっちゃけた話、現在のプロレスよりも、怪奇レスラーとストロングファイトのレスラーが切磋琢磨(笑)していた時代の方が楽しいですね。最近はちょいちょい「さらに遡ったブロレス」をチェックしています。  それにしてもシンガポールラクサ味をプロレスのお話に結び付ける手腕には敬服いたします(笑)。シンガポール遠征の件もぜんぜん知りませんでしたし(笑)。  RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-12-14 22:27) 

pn

小錦的な感じと言ったら小錦に失礼か。大関までいったんだから(^_^;)
by pn (2016-12-14 22:52) 

HIDEe

ザ・コンビクトさん恵体だったんですね。
そんな人、実物見てみたいです。
囚人と言えば、東京の大病院で医局長をやっている友人が横縞の服を着てたばかりにあだ名が「囚人」と言われてて
私もついうっかり大人になってからも「囚人」と呼んだら、それ以来連絡がつかなくなりました。
彼は元気かなぁ。
by HIDEe (2016-12-15 01:55) 

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