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『シャボン玉ホリデー』はなぜ伝説の番組になったのか

『シャボン玉ホリデーースターダストを、もう一度』(五歩一勇著、日本テレビ放送網) という書籍を読みました。クレージーキャッツやザ・ピーナッツをスターにした番組、完成度の高いバラエティ番組のモデルといわれていますが、同書はスタッフや当時の出演者によって、伝説の番組を振り返っています。




昨日は、前田武彦さん(1929年4月3日~2011年8月5日)の生まれた日でした。前田武彦さんは放送作家として芸能界に関わり、やがて俳優や司会者、コメンテーターなどで自ら出演しましたが、作詞家としての作品の1つが、ザ・ピーナッツが歌う『シャボン玉ホリデー』(1961年6月4日~1972年10月1日、日本テレビ)のオープニングソングです。

ビートたけしが「テレビ史上最高の番組」と評価し、自らも類似番組『OH!たけし』(1985年4月13日~1986年9月27日、日本テレビ)を企画したほどの番組です。

一昨日、このブログで「ザ・ピーナッツなど伝説の歌手と楽曲を思い出す」という記事を書いたところ、Facebookが苦手で一切情報発信をしていない私なのに、「いいね!」が149もついていました。

ご覧になった方全員ではないとしても、かなりの割合でザ・ピーナッツファンの方がつけてくださったのだろうと思います。

すごいですよね、引退して40年になるのに。

私の『シャボン玉ホリデー』の記憶というと、番組の最後、ロス・インディオス・タバハラスによるスターダストのメロディーの中で、中央にハナ肇、両サイドにザ・ピーナッツが立って何か話して、最後はハナ肇が2人から肘鉄を食らって終わるシーンが印象に残っています。

そこで今回、もっと思い出してみようと、『シャボン玉ホリデーースターダストを、もう一度』(五歩一勇著、日本テレビ放送網) という書籍を読みました。

シャボン玉ホリデー.png

当時のプロデューサーだった五歩一勇氏によって、制作のエピソード、出演者や関係者へのインタビューとともに、当時の写真もふんだんに使って、視聴者を懐かしさ気分に浸らせてくれます。

とにかく、レギュラー、準レギュラー、ゲスト、30分番組なのにすごいメンバーです。

ゲストが大物過ぎて、ガチのリアクションに困ったエピソードも。
一番記憶に残るゲストは誰ですか?
 そう質問したら、植木は迷わずその人物の名をあげた。
「オフィスの受付があってさ。受付嬢って形でピーナッツがいて、鶴田浩二さん扮する客が、何やら会話している。カメリハのとき、そこへボクがオオクニヌシノミコトの格好で入って行ったら、鶴田浩二さんが思わず一言、『時代が違う』(笑)、こう言ったんだよ。なんなんだお前は、って顔でさ。ソレが狙いなんだけど、『時代が違う』って言われてもネェ…カッカッカッカ」(中略)
 スタジオ入りした上田(吉二郎)親分にときのAD、こうリクエストした。
「あのゥ、上田さん、今度のシーンなんですが……」
「なんですか?」
 と真顔の当人。
「冒頭のコントが終わって、突然、牛がモォ~ツって言ったら、スタジオになだれ込んで……」
「はァ?」
「バラホロヒレハレって感じで、大騒ぎしていただけますか」
 と、注文をつけるAD。
 すると本人、思わぬ質問をしてきた。
「それは、どういうワケですか?」
「……いや、その、べつに深いワケはないんですが……」
 前代未聞のリアクションに、戸惑うAD。
 植木たちにも助けを乞う目線を送る。上田の親分は親分で、
「すると、皆さんはワケのないことをやってるんですか?」
 と、これまた植木に聞いてくる。
「いやあ、これには返事に困ってね」と、真面目さゆえのおかしさを語る植木。
「リハーサルのときには腕組んで、やってくれなかったの。“どういうことなんだ、コレは”って顔してネ、眺めてらして……」
 いよいよ本番。植木が近づいて、お伺いを立てた。
「上田さん、おわかりいただけましたか?」と聞いたら、「皆さん、よくやるネェ」と言いつつも、本番はOKしたそうだ。
「アレにはまいったネ(笑)。〝意味のないコトやってるんですか〃って、参りましたヨ、ホント。だから〝お呼び″に至ってはもう、我慢できないのネ。〝なぜ、ココに入ってくる?〟てなモンで (笑)」
映画>テレビ時代であるとともに、『シャボン玉ホリデー』の笑いが「新しい笑い」だったのでしょう。

『シャボン玉』と今のバラエティの決定的な違い


また、当時は、〝従業員慰問″と称して、本番ネタで出演者が演出などスタッフを笑わせることに熱心だったとか。その代表格は植木等と谷啓。

でもスタッフは裏方だから笑えない。だったらというので、ナントカ笑わせてやろうとよけいにギャグがエスカレート。

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たとえば、ギャングの設定では、顔にやたらキズをつけて奇抜にし、それが次第にふえていって線路のようになり、挙句の果ては小さく駅名まで描いたとか(笑)

いたずらごころもあったでしょうが、視聴者を笑わせるには、まずスタッフから、という前向きな気持がうかがえます。

ただし、スタッフをどんなに笑わせても、出来上がった番組では裏方の笑いは絶対に入れなかったといいます。そこに、テロップやスタッフまで使って「笑われよう」とする今の無原則な「笑い」との違いがあります。

また、現在では1回の収録で2本撮り3本撮りなど行われますが、『シャボン玉ホリデー』は1本30分の番組ながらそれはなかったとか。

「ええっと、まず録音の日があって、振付の日があって……。で、水曜が本番だから、三日はリハーサルやってた。本番の日も入れてネ。今、三十分番組でそこまで時間かけてやる仕事ってないもの。やっぱそれなりに、今観たって、きっとレベルの高い番組だったと思うヨ」(中尾ミエ)

同書には、クレージーキャッツのメンバーに関するエピソードもいろいろ出てきますが、それはこのブログでも何度か書いてきましたので、今回はザ・ピーナッツについて。



彼女たちは歌だけでなく、衣装と踊りにも傑出していたといいます。

「あの当時、ピーナッツはすごくファッショナブルな存在で、最先端だったんですヨ。そういう先輩がいましたから、私たちも必然的に……。そうネ、今考えたら、みんなセンス良かったような気がしますネ」

「あの当時はネ、ショービジネスというのはキチッとドレスを着て、お化粧もちゃんとしてテレビに出るという時代だったからネ。隣のお姉ちゃんじゃなくて、良い意味で“違う世界の人間”っていうのがあったから。今みたいに普段着で、破れたジーンズ履いて出てくるなんてことが絶対なかったのネ(苦笑)」(中尾ミエ)

同書からは総じて、スタッフや出演者たちからの、プロとしていい仕事をするのだ、という送り手側の挟持と意欲が伺えます。

「テレビの世界も他人の悪口を言うとか、みんな呼び捨てでハリ倒したりしてるとか。誰かの噂をして、その噂だけで番組を作るとか、そういう傾向にあるっていうのがどうもやっぱり……。コレ、外国人が見たときにどう感じるだろうって、まずそう思うネ。その点、『シャボン玉』は外国人が見てもイケたんじゃないか、という感じがしますネ」(植木等)

ハナ肇の最期は、『シャボン玉』のメンバーが集まり、ザ・ピーナッツが、番組のコントのように「おとっつぁん、おかゆができましたよ」と言い、一時回復したハナ肇がおかゆを食べたという話、枕元で『スターダスト』を歌った話、ハナ肇の隣にザ・ピーナッツが住んでいたので、そこに行くと今も『シャボン玉』の雰囲気がする、と中尾ミエが語っている件はちょっと目頭が熱くなります。

『シャボン玉ホリデー』。もう伝説の番組になってしまいましたが、たとえ子供の頃でもリアルタイムで見られてよかったなあと改めて思いました。

シャボン玉ホリデー―スターダストを、もう一度

シャボン玉ホリデー―スターダストを、もう一度

  • 作者: 五歩一 勇
  • 出版社/メーカー: 日本テレビ放送網
  • 発売日: 1995/02
  • メディア: 単行本

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