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日本プロレスが池上本門寺で活動停止会見した日、今その真相が……

日本プロレスといえば、力道山の街頭テレビ中継以来、昭和30年代~40年代にかけて、有力なテレビコンテンツとして、またプロスポーツ興行として隆盛を誇ってきた、当時日本で唯一のプロレス団体です。その興行会社である日本プロレスリング興業が1973年4月14日、池上本門寺で記者会見を開き活動停止を発表しました。

池上本門寺には、長谷川淳三(芳の里)代表、力道山夫人の百田敬子さん、大木金太郎以下9名の所属レスラーたちが集まりました。

前日は大阪府立体育館大会。鉄の爪、フリッツ・フォン・エリックとプロレス史に残る大流血戦を行った大木金太郎(当時の選手会会長)は、頭に包帯を巻いて会見にのぞみました。

私は、1973年2月下旬に池上に転居したばかりでした。毎週よく観ていたプロレスの重大な記者会見が地元で行われたことに、当時大変興奮したものです。

それはともかく、日本プロレスという団体は、ボクシングを真似てライセンス交付などを行うことになっていた日本プロレス協会と、興行会社の日本プロレスリング興業によって支えられてきましたが、実質的に団体運営を行っていたのは日本プロレスリング興業の方です。

日本プロレスリング興業は、日本プロレス創設者である力道山家(夫人)とは袂を分かっていました。

力道山.jpg

が、この日の会見は、活動停止とともに、残党選手たちは力道山のもとに帰るという趣旨だったため、力道山夫人が同席するとともに、力道山の墓がある池上本門寺での会見となったわけです。

日本プロレス崩壊については、アントニオ猪木を追放し、ジャイアント馬場が退団したことで客を入れられるスターがいなくなったためといわれています。

また、一部では、幹部が外車を買ったり、高級クラブでピアノ生演奏で歌ったりした「浪費」がたたったともいわれました。

しかし、それまで日本武道館や大阪球場を何度も満員にしてきた日本プロレスが、ジャイアント馬場退団後、たった3ヶ月で報酬の遅配(10万円ずつの分割)が起こり、半年後に活動停止に至ってしまうのはあまりにも急であり、飲み代や外車購入など、どこの会社でもありがちな冗費の範疇であろうと、その凋落ぶりに関係者は驚きました。

のちに、『プロレスへの遺言状』(ユセフ・トルコ著、河出書房新社)という書籍の中で、

プロレスへの遺言状

プロレスへの遺言状

  • 作者: ユセフ トルコ
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2002/03
  • メディア: 単行本


同社はそんな冗費など比べ物にならない「使途不明金」があり、それが会社の金庫を空にした原因であると当時の経理担当者によって打ち明けられています。

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ジャイアント馬場帰国に始まりジャイアント馬場退団で終わった


『週刊大衆』の連載「1964年のジャイアント馬場」(柳澤健著)が、今週号(4月28日号)に興味深いことを書いています。

週刊大衆4月28日号.png

ジャイアント馬場は、1961年にアメリカに遠征。まもなくして売れっ子になり、1963年には全米各地でメインイベントのカードを組まれるスターレスラーになりました。

その頃、力道山が亡くなり、後継者の豊登と合わなかったジャイアント馬場は、そのままアメリカに残るつもりで、実際に破格のギャラ(当時で億単位)が約束された契約書も提示されたといいます。

ところが、ジャイアント馬場は結局、気の毒なほど条件の落ちる日本プロレスへの帰国を選択します。

なぜか。

今まで、このあたりの真相に迫ろうとする読み物はずいぶんありましたが、少なくとも私は、今日発売された同誌で初めてそのことを知りました。

日本プロレス協会のある幹部が、ジャイアント馬場に帰国を要請したからと書かれています。

同誌には、その幹部の名前も書かれています。

幹部の力は、それだけ強かったのです。そして、その幹部が説得役に出馬しなければならないほど、ジャイアント馬場は当時、日本プロレスに欠かせないレスラーだったということです。

人に貸しを作ることがその後の自分を有利にできるという計算がきちんと出来るジャイアント馬場だけに、要請を受けたほうがよい選択になると判断したのかもしれません。

いずれにしても、力道山亡き後が心配された日本プロレスは、ジャイアント馬場が帰国したことによって盛り返しました。

そのジャイアント馬場が日本プロレスを去ったのが1972年7月。その時点で、崩壊は時間の問題だったのかもしれません。

ちなみに、日本プロレスリング興業という会社は、解散しましたが清算結了していません。つまり、登記上はまだ存続しています。

プロレスファンとしては、買い取りたい気持ちもありますが、やっぱりむずかしいかな。

なぜ清算ではなく解散で止めているのか。昭和プロレスの最大の謎として解き明かすべきことが多そうです

週刊大衆 2014年 4/28号 [雑誌]

週刊大衆 2014年 4/28号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2014/04/14
  • メディア: 雑誌

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