So-net無料ブログ作成

改正労働3法成立と日本テレビ放送網誕生(鳩山一郎政界復帰の52年)

◆1952/07/31 改正労働三法成立と日本テレビ放送網誕生

今年の4月1日、第170回国会で成立した「労働基準法の一部を改正する法律」が施行された。

労働基準法は、労働三法といわれるもののひとつである。

労働三法とは、労働組合法、労働関係調整法、労働基準法の三つをさしている。

1952年7月31日には、労働者の基本的な権利に関わる労働三法が可決成立した。

「血のメーデー」の一因となった労働関係三法案とは、
  • 争議調整中の発言などを理由とする不利益扱いは不当労働行為
  • 争議が国民経済を著しく阻害する恐れのあるとき内閣総理大臣は緊急調整権をもつ

など、いずれも労働運動に制限を加えるものだった。 

同じ日、電波管理委員会は日本テレビ放送網に予備免許第1号を与えることを決定。日本で初めての民間放送テレビ局が誕生した。これも戦後史上の大きな出来事である。

なお、この仕事をもって電波管理委員会は解散した。連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の示唆で制定された電波監理委員会設置法に基づいた組織だったからである。

日本テレビ放送網はその後、1953年8月18日に街頭テレビ受像機を関東一円に設置、1953年8月20日に試験電波を発射、1953年8月27日にテレビジョン放送本免許を取得、1957年12月26日にカラーテレビ実験局予備免許取得、1957年12月27日にカラーテレビ実験局本免許を取得、1960年9月2日にカラーテレビ放送本免許を取得している。
スポンサーリンク↓


nice!(14)  コメント(0)  トラックバック(0)  [編集]
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 14

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました
Copyright © 戦後史の激動 All Rights Reserved.
当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます