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暴力団排除の本気度は?

戦後史をひもとくと、暴力団と警察の関係は一筋縄ではいかないことがわかる。

戦後史上、近代「民主」警察が持てない「暴力性」を使って事を沈静化させたい時、警察はヤクザに取り入って利用した。

そして用が済むと排除しようとした。しかもそれは実はポーズとして……

だから、今回東京などで施行された暴力団排除条例のあいまいさは、その本気度を疑わざるを得ないのだ。

まず終戦後、“戦勝国民”と称した在日朝鮮人の振る舞いを鎮めるために活躍したのは、70年代のヤクザ史に名を残す田岡一雄、地道行雄、菅谷政雄らの自警団、ギャング団といわれる。

当時組織化されたヤクザのほとんどは、それがはじまりといってもいいだろう。

彼らも自主的に動いたが、警察自体が彼らに頼んだのである。

しかし、恩知らず(?)の警察は、戦後の「民主」化を進める1950年に、団体等規制令によって暴力団解散に動く。

ところが朝鮮戦争が勃発すると、その規制はいつのまにかうやむやになる。やっぱりヤクザを利用しようという方針になったのだ。

ヤクザの扱われ方が、アメリカ占領下に於ける日本の政治的な都合で二転三転していることがわかる。

昭和30年代、港湾労働者の側に立ちながらも非共産の港湾荷役協議会会員だった田岡一雄三代目山口組組長は、国にとっては安心できる“リベラル”な活動家だったから黙認して一日署長すら任せた。

ヤクザの親分が「一日署長」をつとめたのだ。考えられるか?

また、60年安保闘争のさなかであることから、警察はヤクザと共存する方策をとった。

それが山口組の勢力拡大抗争につながり、また昭和40年代になって社会も高度経済成長時代に入り、もはや戦後ではなくなると、今度はまた暴力団追放である。頂上作戦と名付けて幹部を次々逮捕し、彼らから生業を切り離して資金源を断った。

それでいながら、警察官の一部は定年後、ヤクザが深く関わっているといわれるパチンコ関係に「天下り」すると指摘するOBもいる。

司忍組長は産経新聞のインタビューで、今回の暴力団排除条例をこう語っている。

「山口組というのは窮地に立てば立つほどさらに進化してきた。昭和39年のときもわれわれの業界は終わりだといわれていた。ところがそれから1万人、2万人と増えた。弾圧といえば語弊があるが、厳しい取り締まりになればなるほど、裏に潜っていき、進化していく方法を知っている。」

司忍組長をしてこう言わしめるのは、この条例の曖昧さと、警察の本気度を見透かしているからではないのか。

元刑事・飛松五男氏の書籍には、警察と暴力団について詳しく語られている。

飛松五男の熱血事件簿 私だけが知っている不可解事件の裏側と真相
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