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上田馬之助の訃報で昭和プロレスを思い出した

戦後史の激動というタイトルのブログだが、「戦後史」の範囲は、政治だけでなく様々な分野を視野に入れたい。たとえば、先日力道山のことを書いたが、プロレス史ももちろん「戦後史」に含まれる。

ということで、21日に上田馬之助の訃報が入ったので、昨日の予告は明日に変更させていただき、本日は上田馬之助について書きたい。

上田馬之助が、呼吸不全のため大分県臼杵市の病院で死去したという。すでに現役の方は15年前に交通事故で退き、車椅子生活を余儀なくされていた。果物をのどに詰まらせて窒息死したという。

上田馬之助といえば、日本人対外人、という対決構図にとらわれず、日本人でありながら日本のリングでヒール(悪役)として活躍したレスラーである。

上田馬之助は1958年、大同高校を中退して大相撲の追手風部屋に入門後、60年に力士を廃業して日本プロレスに入団した。デビューは61年である。

その後、プロフェッサーイトーと名乗り、スキンヘッドでアメリカマットや日本のリングに上がっていたがトップには立てず、アントニオ猪木が日本プロレスに戻ってジャイアント馬場とのBI砲コンビを結成して活躍すると、松岡巌鉄とのセメントコンビで再びアメリカへ。

帰国後は、悪役転向を先輩レスラー(マッチメーカーの吉村道明と思われる)に相談したものの、イエスの返事をもらえなかったため、仕方なく馬場や猪木より格下の中堅レスラーとしておとなしくやっていたものの、ワンショルダーのリングタイツを着用して、その時代では精一杯の個性派を演出していた。

そして、馬場や猪木が日本プロレスを脱退すると、やっと順番が回ってきて大木金太郎とインターナショナルタッグ選手権を短期間保持。

だが、馬場、猪木がチャンピオンだった時代は連日満員だった会場も、大木、上田組になってからは会場に閑古鳥が鳴き日本プロレスは倒産、挙句の果てに、最終シリーズでは外人組にタイトルを奪われてしまった。

本人が悪役レスラーを希望したのは、体もあり、技もガチンコで決められる強さがあるともいわれがら、プロ選手としての華がなかったことを自分でもわかっていたからではないだろうか。

日本プロレス崩壊後は全日本プロレスに合流したが、馬場とは確執があったからか、馬場が生え抜きを優先したからか、さしたる晴れ舞台を用意されることもなく半年で離脱。

確執というのは、アントニオ猪木が日本プロレスを離脱する際、クーデターを企てた裏切り者のレッテルを貼られて除名されたが、そのときの密告者が上田馬之助といわれ、またクーデターには当初ジャイアント馬場も加わったといわれたため、三者の間には微妙な溝ができたことによるものである。

離脱時は、マッチメイクに不満で、松岡巌鉄と2人でジャイアント馬場を殴ったとも言われているが、紳士的でプロ意識の高かった上田馬之助がそんなことをするのか懐疑的に見るファンも少なくない。真相は、沖織名引退興行と銘打ちながら、その利益を沖織名に渡さなかった馬場の金銭感覚や人間性に失望して離脱したといわれている

いずれにしても、合流時に日本テレビとの間で離脱に関する厳しい契約を結んでいたため、契約が切れるまでは日本で試合ができずアメリカを転戦。そこで金髪の悪役レスラーとしてのキャラクターを作り上げた。

帰国後はまず国際プロレスのリングに上がり、団体の看板のIWA世界ヘビー級選手権をラッシャー木村から奪取。その後は新日本プロレス、全日本プロレスなどで、タイガー・ジェット・シンとのコンビで北米タッグ、インタータッグなどタッグタイトルを奪った。

しかし、「外人側」の悪役というのは、飽きられたら使い捨てられる宿命にある。全日本、新日本などメジャー団体から声がかからなくなり、IWAジャパンで余生をすごしていた時、交通事故にあい、車椅子生活となった。

それにしても、今年はヤマハブラザーズ(星野勘太郎、山本小鉄)が立て続けに亡くなった。上田のパートナーであった松岡巌鉄も亡くなったといわれる。

すでに、ジャイアント馬場、吉村道明、大木金太郎、ミツ・ヒライ、大熊元司、ミスター林ら、力道山門下生は鬼籍に入っている。国際プロレスに流れたサンダー杉山、グレート草津、ラッシャー木村もこの世にいない。

力道山時代を知っているのはアントニオ猪木、グレート小鹿と、もう表舞台にはでて来ない遠藤幸吉だけになった。

筆者が子供の頃、金曜8時に活躍したそれらの選手が、現役引退どころか、生命の引退すら意識する時期に来ているとは……。

それ以外で日本プロレスに在籍したレスラーも、もう一桁しか残っていないのではないか。覚えている限り名前を挙げると、豊登時代に入門した米良明久(高千穂明久、グレート・ザ・カブキ)、マサ斉藤、その後の入門者では坂口征二、永源遥、藤波辰巳、小澤正志(キラー・カーン)、桜田一男(ミスター桜田、ケンドー・ナガサキ)、議員になった木村健吾ぐらいか。マティ鈴木や佐藤昭夫、戸口正徳(キム・ドク)などは日本に定住していない。

ああ、昭和は遠くなりにけり……である。

上田馬之助さんのご遺徳を偲び、哀悼の意を表します。

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コメント 7

ハマコウ

上田馬之助さんの訃報 大変残念に思います

上田さんというと 中島らもさんの「お父さんのバックドロップ」を思い出します。
主人公の名前は「下田牛之助」 分かる人には分かります。主人公の設定も上田さんの人柄をおもわせるもの。
小学生の子どもたちに読み聞かせを行うと … よく通じました。
by ハマコウ (2011-12-24 06:23) 

マユマユ

メリークリスマス☆
by マユマユ (2011-12-24 07:28) 

般若坊

Merry Christmas !
For people who like poor lighting and warm your heart !

by 般若坊 (2011-12-24 09:14) 

ため息の午後

ご訪問ありがとうございました。
日本のヒールの先駈けのな方でしたね。 タイガージェットシン
とのコンビが印象深いです。
by ため息の午後 (2011-12-24 10:12) 

リキマルコ

馬之助さんが亡くなっていたとはしりませんでした(*ToT)
ちょっとショックです(;_;)/~~
by リキマルコ (2011-12-24 14:29) 

銀狼

上田さんの訃報に接し、
私も非常にショックでした。
今も日本人ヒールは、たくさんおりますが、
「ヒール役をやっている」感は拭えません。
佇まいから何から絵になったのは、
上田さんくらいでしたよね。。。
謹んでご冥福をお祈りいたします…
by 銀狼 (2011-12-25 02:01) 

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