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小泉進次郎氏、いとこ報道で思い出した弟との「和解」

小泉進次郎衆議院議員のいとこが、無許可営業で逮捕されたと報じられました。

小泉進次郎氏は現職の国会議員であり、与党の役員(青年局長)もつとめる公人です。この事件が小泉進次郎氏とは何の関係がなかったとしても、逮捕されたのがいとこである事実を報じられることは何の問題もないことでしょう。

ところで、小泉進次郎氏が、家族以外の縁者について報じられたのはこれが2度目になります。1度目は3年前、両親が離婚して以来、会えなかった弟と25年ぶりに「和解」したことが報じられました。

決別したのは両親であり、兄弟が喧嘩別れしたわけではないし、別れたときは弟はまだお腹の中にいたわけですから、いずれにしても「和解」という表現には違和感がありますが、当時のメディアはたしかにそう報じました。

おそらく、それまで会わなかったことについて、弟が恨んだとか、父親の純一郎氏のもとに残った孝太郎、進次郎兄弟が父親に成り代わって“しこり”をもっていたとかいう前提で、メディアが気を回した表現にしたのでしょう。

いろいろいいきさつがあって別れたままになっていたけれど、小泉純一郎氏が政界引退し、進次郎氏も晴れて国会議員に当選して自立したことで、ひとつの区切りがついたから、タイミングを見て会ったのだと思います。そうしたケースではよくある話です。

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公人とはいえひとの家の事情なのに、マスコミの興奮は大きなお世話です。兄弟が接点を持てたことをもっと素直に祝福する表現はなかったのでしょうか。

このことでは、小泉純一郎氏が総理大臣在任中、政府・与党批判のどさくさに、「小泉純一郎氏は冷たい(から政治についても信用できない)」とするムキもありました。

私ががっかりしたのは、たとえばモノマネタレントから大学教授になられた松尾貴史センセイなども、当時東京スポーツの連載でそのように批判した事実があります。

小泉純一郎氏は、離婚した当時、妻だった人のお腹の中にいた息子と、以後も会おうとしないから冷たい、というのです。

そのことと政治手腕が本当に関連があるのかどうか知りませんが、私はこの皮相的な親子論に直感的に疑問を抱きました。

別れた肉親は会わねばならない。

そんなこと、どういう根拠で決まっているのでしょうか。
会いたくたって会えない事情を抱えているケースだってあるのに。

じゃあ、会わない方がいいのか。

それはわかりません。ただ、会わない=冷たい、という紋切り型の人間評価に疑問を抱いたのです。

両親が離婚した子弟にヒアリングをしたら、少なくとも「小泉純一郎氏は冷たい」と紋切り型の回答をする人ばかりではないと思います。

たとえば、両親が離婚して、片方、もしくは双方が再婚した後、子供が別れた方の親と再会したらどうなると思いますか。

あー、懐かしい。あえて良かった、だけで終わると思いますか。

そんな単純なものではないでしょう。会ったことで、別れた親の新しい家庭、新しい子供を実感し、もはや自分の親ではないのだということを思い知らされて複雑な気持ちになってしまうことだってあり得るのではないでしょうか。そして、そのような子供が行き来することで、それまで安穏としていた双方の新しい家庭が微妙に動揺することだってあると思います。

もし行き来をするのなら、当然、双方の家庭でしっかりした合意や状況の確認があるべきでしょう。

小泉純一郎氏は再婚をしなかったようですが、三人目の子供と再会してしまうことで、自分の元に残った子供たちや、別れて暮らすその子が、自分のそれまでの心と暮らしを乱すことを懸念したかもしれません。

小泉純一郎氏の意図や自覚がどうかはわかりませんが、一般論として、会いたいけど会わない、会いたくても会えない、という判断も、別れた親の愛情という見方だってできるのではないでしょうか。

そのような動揺の心配がない年齢と、時間を経たと判断したから、小泉兄弟は25年ぶりに「和解」したのでしょう。

もちろん、それが絶対に正解だというつもりはありません。同じ環境でも、「自分なら会う」という意見もあるでしょうし、いずれにしても当事者の価値観とその状態次第だと思います。

私は、格差社会を招いた小泉政権には批判的です。

ただ、それと三人目の子供に対する見えるところだけの事実を、安直に結びつけるような「政治評論」は政治的に不毛であるだけでなく、人に対する見方の貧しさを露呈するものだと思います。

まあ、いさかいも別離もない円満な家庭しか経験されていない方には、そもそも離婚という選択自体理解しがたい話でしょうが、自分の知識や経験だけでわかったつもりになって結論を出すことがすでに傲慢なのです。

と、偉そーなことを書きましたが、私は離婚経験者でもないし、もちろん生き別れの子供もいません。

ただ、人はみな、過去に何かしら人に言えない悲しみや苦しみに折り合い付けて今を生きているのだと思います。限られた情報で居丈高な評価を下すのではなく、相手の価値観を理解し、尊重する、つまり他人の身になって考えられる度量があってもいいのではないかと思います。

小泉純一郎とは何者だったのか (講談社文庫)

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