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山口百恵は40年前に『としごろ』でデビューした

山口百恵といえば、わが国の芸能史に名を残す歌手といっていいでしょう。レコードセールスは、ピンク・レディー、森進一に次ぐ第3位。何より全盛時の「寿引退」が記憶にも残るタレントです。そのデビュー曲は1973年5月21日にリリースされた『としごろ』でした。後の彼女の持ち歌と比べると、かなりおとなしめの恋歌です。

としごろ

この歌は、73年4月に公開された松竹映画『としごろ』の主題歌として作られました。

同作の映画は、主演が和田アキ子、他に石川さゆり、森昌子などが出演したまさに“ホリプロ映画”でしたが、もちろん山口百恵も出演。ホリプロとしてはかなり力を入れたデビューといえます。

映画「としごろ」

山口百恵の誕生は、他のスターもみなそうであるように、運も味方していました。

ホリ・プロの総帥、堀威夫氏が当初考えていた「ホリプロ三人娘」は、森昌子、石川さゆり、桜田淳子だったといいます(『いつだって青春』)。これが実現していたら、ホリプロ・山口百恵はなかったのです。
「森昌子のヒットの勢いを持続させる戦略として、『ホリプロ三人娘』を結成する企画があり、その候補者を探していた。すでにフジテレビの夏休み特集番組の中から石川絹代(さゆり)をスカウトし、三月のデビュー予定で準備を進めていた中で、残り一人の候補者探しに熱が入っていたときである。
実は、一つ前の『スタ誕』の決戦大会で桜田淳子を候補に、強力なスカウト活動を続けていたのである。本人と家族の気持ちもホリプロ入りにほとんど決まっていた。しかしながら日本テレビ側の配慮で、一つのプロダクションに偏りすぎる点を考慮し、強い行政的指導の結果『サン・ミュージック』入りという逆転劇が生じて、取り逃がしてしまった」

堀威夫氏の“桜田淳子獲得失敗”は、「ホリプロ三人娘」という企画自体の頓挫と、それにかわるかたちで、森昌子、桜田淳子、山口百恵による「スタ誕三人娘」というプロモーションの誕生につながりました。

これは、山口百恵だけでなく、森昌子や石川さゆりや桜田淳子にとってもよかったと思います。

なぜなら、かりに、森昌子、石川さゆり、桜田淳子による「三人娘」という売り方をしてしまったら、歌唱力を強調する売り方になってしまい、桜田淳子は後の成功を見ることはできなかったでしょう。

森昌子、石川さゆり、山口百恵で「ホリプロ“次善の策の”三人娘」を組んだとしても同じことが言えます。

もし、アイドル性を押し出すのなら、逆に地味なイメージである石川さゆりの個性が生きなかったでしょう。

ジャニーズ各グループやのちのおニャン子クラブのコンセプトもそうですが、同じタイプを集めるのではなく、異なるキャラクターを組ませることでみなが生きるという戦略につながったわけです。

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しかし、残念ながら、当初は山口百恵自身の評価が高くありませんでした。

デビューのきっかけは、ご存知1972年12月の『スター誕生!』第5回決戦大会で、20社から指名を受けたこと。

しかし、番組中最優秀の合格者であるグランドチャンピオンは、韓国のシルビア・リーに取られてしまい、森昌子や桜田淳子のように、「番組のチャンピオン」にはなれませんでした。

『としごろ』も、セールスは7万枚でオリコンは37位。

新人賞を取った森昌子(『せんせい』が51万枚で3位)、桜田淳子(『天使も夢みる』が12万枚で12位)らに比べて大きく後れを取りました。

映画史研究家の四方方犬彦氏は、そんな彼女のことを遠慮会釈なしにこう記しています。

「当時の百恵は華やかさにおいて淳子に、歌唱力において森昌子に差をつけられていて、どこか暗く地味な印象をもった少女にすぎなかった。太い足と腕、均衡のとれていない体型は、あらゆる意味で百恵に不利なように見えた。ただ彼女の三白眼と太い唇は、何か心の奥底に深く抑圧されたものの所在を暗示させるのだった」(『女優山口百恵』)

「太い足と腕、均衡のとれていない体型」「三白眼と太い唇」……書きたい放題ですが、まあたしかにそうともいえるし……(笑)

当時のホリプロ制作部長・小田信吾氏は、「当時はアグネス・チャンや桜田淳子など、明るさだけのアイドルが多かった。しかし、百恵には他のアイドルにはない“陰”があった。そこに強くひかれたんです」(「日刊スポーツ」95年7月14日付)と述懐しています。

そこで、2曲目からはその「暗示」や「陰」を全面的に出した「青い性典」路線をとり、「歌」だけでは心細かったので東宝文芸映画もスタート。その薄幸な役柄もあって「暗いヒロイン」としてブレイク。途中からは作詞阿木燿子・作曲宇崎竜童のコンビで大人への切り替えにも成功しました。

彼女の成功を考えると、運と「売り方」と出会いがどれだけ大切か、ということがわかります。

「歌唱力がない」ことをうまくカバーし、「太い足と腕、均衡のとれていない体型」「三白眼と太い唇」から感じるたたずまいを逆に前面に打ち出していく。

歌手だから歌がうまくなければだめだ。明るいアイドルでなければだめだ、という固定観念にとらわれていたら、山口百恵は芸能史に名を残すことはできなかったでしょう。

もちろん、本人の強い信念がその基本にあることはいうまでもありません。

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