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我が子が実は自分の子供じゃない、妻はどういうつもり?

我が子が実は自分の子供じゃない。カンヌ国際映画祭で、日本の是枝裕和監督の映画「そして父になる」が審査員賞を受賞して話題になっています。

自分の子が出生時に病院で取り違えられ、大切に育ててきた息子が実の子ではなかった。その葛藤を描くものですが、ストーリー自体は特に目新しいわけではありません。

これまでにも、木下恵介アワー『わが子は他人』(1974年、松竹・TBS)で松山省二と音無美紀子(相手の夫婦は杉浦直樹と林美智子)による同じようなストーリーのドラマがありましたし、加山雄三もタイトルは失念しましたが、同じような作品がありました。

それらとは異なる独自の描き方ができているのか、注目してみたいと思います。

できれば見比べたいので、ドラマの方もCSで放送してもらえないかなあ、なんて思っています。

ところで、是枝裕和監督といえば、私が一次試験で歯牙にもかけられずハネられた、テレビマンユニオンというクリエーター集団のディレクター。「社会派」だそうですが、今回の映画のモティーフは何か社会的背景があるのでしょうか。

そのへんをこじつけたような記事が「日刊ゲンダイ」(5月30日付)に出ています。タイトルは「急増、そして父に……なれない男たち」。

映画「そして父になる」は病院の取り違えでしたが、同紙がとりあげているのは、「婚姻関係にありながら妻の浮気でできた子で、夫にとっては『我が子が実は自分の子供じゃない』」ケースです。

もちろん、妻は真実には口を閉ざし、さも夫の子供であるかのように振る舞い、知らぬは亭主ばかりなりという場合です。

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こちらの方が「世間にゴマンとある」「こっちの方がよほど葛藤が深いだろう」と同紙は問いかけています。なるほど、確かにweb掲示板でもそういうスレッドが立ってますし、その告白をしているブログも見かけます。

もっとも、こう書くと、これを読まれた多くの方は、「そんなものは、マスコミがセンセーショナリズムででっち上げたか、まれなケースを大げさにとらえただけだろう」と思われるかもしれません。

ただ、そういう見方ができる人を、私は「幸せな人だなあ」と思います。

皮肉ってるわけでも、コバカにしてるわけでもありませんよ。

たぶん、女性に裏切られたり、想定外の不幸に遭遇したりした経験がない、人を疑うことがない方なのだろうと私は思います。

前置きはともかく、記事には何と書いてあるのか。抜粋します。
我が子が実は自分の子供じゃない
実際、「この子は俺の子じゃない!」などと裁判所に申し立てる嫡出否認調停や親子関係不存在確認調停の新受件数は、11年度で計1716件。もちろんこれには、「本当に俺の子か?」と妻に切り出す勇気がない男の数は含まれない。
 だから世の中、DNA親子鑑定が盛況だ。鑑定会社もウジャウジャある。「そして父になる」にも協力している「法科学鑑定研究所」の担当者がこう言う。
「依頼件数は公表できませんが、増えていることは確かです。最近多いのが団塊世代からの依頑。<自分の子どもだろうけど、死ぬ前に一応確認しておきたい>と思うようです。鑑定結果? それもプライバシーに関わることなので…」(中略)
「東京家族ラボ」主宰の池内ひろ美氏が言う。 「妻の浮気によるケースでは、(家庭の継続は)ほぼ無理です。父親を続けられるのは1%もいない。(今まで通りの愛情が注げない)と相談に訪れる男性は増える一方です。(子どもには罪はない)と理性で抑え込めるのはせいぜい半年間で、そのうち気づかなかった自分の愚かさにも怒りを覚え始める。実の父親が誰かを知ったらなおさらで、子どもの顔が別の男に似ているという現実が受け入れられず、だんだん顔を見るのもつらくなるようです。まず離婚に至りますね」

そして同紙もまた、「『絶対に俺の子だよ』と笑い飛ばせるアナタは、“幸せな男”だ」とシニカルに結んでいます。

実は私の親類にも、以前それで悩む人がいました。

結婚して何年も子供ができなかったのが、急にできた。しかも、妊娠がわかったときに妻はすぐに知らせなかった……。血液型も(あり得ないケースではないが)なんかしっくりこない。生まれてきた子供は自分に似ていない。自分は昔おたふくを患ったことがある……。

その後、自分そっくりの2人目の子供ができて心配は消えたそうですが、それは「おたふくで子供ができない」わけではない、ということがわかっただけで、1人目の子供が不義の子供ではないという証明にはなっていないんですけどね(苦笑)

男として、苦悩する夫側は察するに余りあるのですが、この場合、わからないのが妻の気持ちです。

不義の子をこしらえ、夫をだまして営む家庭にいったい何の価値があるのでしょうか。

私のような小心な人間は、そんな重いものを抱えて暮らし続けることはできません。騙されるのもご免こうむりたいですが、騙し続ける暮らしも嫌ですね。

それにしても、こういう話を今知ってよかったです。

独身時代に聞いていたら、もう一生結婚なんかできなかったな(笑)

私は18歳、25歳と、大学に2度入っているのですが、最初の大学を卒業してから入社したある保険会社は、当時学生に一番人気のあるといわれる会社で、そこの社名を出すだけで、確かに女性にもモテるのです。

ところが、会社を辞めたら、それまで取り巻いていた女性たちは、たかったハエが散るようにバーッといなくなってしまいまして。

「なんだよ、人じゃなくて会社にモーションかけてたのかよ」

ショックを受けた私は、以来女性を信じなくなり、思いっきり晩婚になってしまいました。

今は歳をとりましたから、「生活」や「外聞」を結婚に求める女性の気持ちは理解できます。

でも、やはり肩書きや世間体だけで判断するというのはどうなのかな。

価値観や愛情といった心の結びつきを抜きにした結婚生活というのは、たとえできたとしてもそれは非常に空疎で不毛なものであると思います。

記事に書かれている「我が子が実は自分の子供じゃない」などは論外ですが、自分のところに限っては円満と思っている方も、相手を傷つけたり、信頼関係を壊してしまったりするような結婚生活になっていないか、日ごろの言動や暮らし方を見直してみた方がいいかもしれませんね……って他人事じゃないんですけどね(苦笑)

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