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『あまちゃん』は駄作、というこれだけの根拠

『あまちゃん』は駄作。挑発的なタイトルですが、昨日もご紹介した『実話BUNKAタブー』(2013年12月号)には、「ペラペラの世界で震災後は期待はずれ」の「あまちゃんは駄作だった!」と断じる記事が出ています。

カストリ雑誌の分際で国民的ドラマにケチを付けても信用できない、と思ったあなた。そもそも『あまちゃん』て国民的ドラマなんでしょうか。同誌はそこから疑問を呈しています。

あまちゃんは駄作.png

さっそくですが、記事が書いている『あまちゃん』が駄作である根拠を抜粋してみます。

1.最終回の視聴率23.5%は『半沢直樹』の42.2%にはるかおよばず、平均視聴率20.6%は『梅ちゃん先生』の20.7%にも及ばない
2.連続テレビ小説の潜在視聴率(もともと持っている数字)が18%といわれているから、『あまちゃん』単体で獲得した数字は2.6%に過ぎない
3.ドラマが展開する場所は、画面に出てくる4か所しか見えない。ドラマというのは架空の世界をいかにリアルに見せるかが勝負なのに、『あまちゃん』には画面に見えていない世界がない。人物描写はできているが、彼らの生きている世界が見えない。舞台出身の脚本家の限界ではないか
4.速いテンポ会話に小ネタを散りばめ笑いを取りつつ、突然印象的なセリフを喋らせて視聴者に強烈な印象を残す。分かる人だけわかればいいという選民意識の塊
5.東日本大震災の扱いを決定的に間違えた。悲劇を描くことから逃げて誰も死なないから心に響かない

そして、記事は、「最後の数週間はぜんぜん面白くなかったことに気づいているくせに、何でそう言わないんでしょうね」と結んでいます。

視聴者には、もし、自分だけが「面白くなかった」と思っていたらどうしよう、という心理が働いたのでしょうか。

同誌の記事を読んで、私にとっては、とりわけ3と5が考えさせられました。

3月11日、ブログなどネットでもとってつけたようにしんみりとしていましたが、そんなに東北のことを思う気持ちがあるのなら、なぜ真正面から東日本大震災を描けなかった『あまちゃん』に、疑問や批判の気持ちを抱かなかったのか、私も不思議で仕方ありません。

ネットでは、マスコミが、『あまちゃん』に対してなぜかおびただしい絶賛ステマを繰り返したことで、バブル的な盛り上がりを示しているだけ、という意見もあります。

たしかに、数字を見ると大騒ぎされる根拠がないのです。

長期低落傾向にあった、朝の連続テレビ小説視聴率は、『ゲゲゲの女房』(2010年)で下げ止まりましたが、今回の数字もその範囲で、とくに高くはありませんでした。

記事にも書かれているように、むしろ『梅ちゃん先生』(2012年)を下回っています。

この記事を読みながら改めて思ったのは、『あまちゃん』というのは結局、

葛藤や見えない部分の想像といった、ドラマ本来の真髄に価値を見出すのではなく、表面のしゃべりの「面白さ」のドラマであり、そこがマスコミで騒がれただけだったのかな、という気がします。

といっても、『あまちゃん』にシビレた人にとっては、そうした記事や私の意見は受け入れがたいことでしょう。

ドラマをどう見るかは価値観の問題ですから、それはそれでいいと思います。

ただ、心配なのは、オリンピックであれ、PM2.5(もう忘れた?)であれ、原発問題であれ、ドラマの「人気」であれ、マスコミの“差配”に国民の価値観がまんまと振り回されていないか、ということです。

マスコミが、「これがブームなんだよ」と煽ると、それに乗らなければならないんじゃないのか、と疑いもせずのってしまう了見がちょっと怖いのです。

ドラマの価値については、この先、5年、10年たって、『あまちゃん』がなお心に残る名作であり続けられるかどうか、現在CSで放送されている過去のドラマのように、時代的価値観が違うことを承知で、でもまた見てみたいと思えるか……。

そこで本当の答えが出ると思います。

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