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『豊田泰光108の遺言』で改めて感じるスケプティクスな批評眼

『豊田泰光108の遺言』(ベースボールマガジン社)という書籍を読みました。豊田泰光といえば、元西鉄・産経・ヤクルトの遊撃手で、当時の新人本塁打記録を打ち立てた名選手でしたが、コーチ・監督としてユニフォームを着ることには色気を示さず、辛口評論家として活躍してきました。その集大成ともいえる一冊です。


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豊田泰光氏は現役引退後、1年だけ近鉄のコーチをつとめたほかは、辛口評論家としてテレビ・ラジオの解説、新聞・雑誌の寄稿を行ってきました。

私が最初に知ったのは、ニッポン放送の中継解説者を関根潤三氏と交代でつとめていた頃なので40年ぐらい前だと思います。

そのうちフジテレビで、『プロ野球ニュース』が始まって出演するようになりましたが、フジ・サンケイグループ“クーデター”のとばっちり(要するに鹿内前オーナー派と見られた)でニッポン放送を追われて、1年後に文化放送で解説復帰。

フジテレビも数年後に解説するようになって、江本孟紀、達川光男氏とともに「しゃべる危険球トリオ」(命名、福井謙二アナ)なんて言われていました。

ただ、江本氏や達川氏と豊田泰光氏は「危険」の中身が少し違っていたと思います。

江本氏や達川氏は、現役時代の裏話を暴露するという「危険」で、それも決定的な話はなかったので、達川氏などはその後もダイエー、阪神、中日とユニフォームを着ています。

その点、豊田泰光氏はユニフォーム復帰の色気がなく、自由に評論をしている「危険」さがありました。「危険球」のターゲットは、ファンでもなく選手でもなく、球団や球界に向けられていたわけです。

だから「辛口」にも信用が置けるのです。

ブラックジャーナリズムじゃないけれど、中には、またユニフォームを着たい下心まんまんの批評というのもあるのです。

たとえば、あるチームをぶっ叩いていたかと思うと、首脳陣が代わりそうになったら急にそれをやめて、特定の選手に対して急に前向きなアトバイスをするとかね。コーチとして雇ってもらいたくて。

豊田泰光氏にはそういうところがない。

そして、きちんと感情と道理を区別しています。たとえば、野村克也は挨拶するのも嫌だが、野球人ノムさんは尊敬するとか。

そんな豊田泰光氏が、『週刊ベースボール』と『日経新聞』のコラムから抜粋して加筆修正したものと、一部書下ろしを加えて2014年現在用に編集しなおしたのが『豊田泰光108の遺言』です。

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現代の社会全般にかかわる思想性


構成は、見開きでひとつのテーマについて語られています。

108は煩悩の数か、ボールの縫い目の数か、まあ両方の意味なんでしょうね。

内容は、時には昔の自分の体験であったり、時には現在の野球界の実情を例に取ったりしながら、結論として自分の意見でまとめています。

野球の戦略や技術的な話ではなく、自分の哲学で野球界のあり方を述べたものです。

つまり、読む方からすれば、個人の生き方に重ねることができる話も多々含まれています。

私が付箋を付けたところの見出しや要約ですが、こんな感じです。

・(チームのためではなく)誰かのためにやるとき、人は計り知れない力を発揮する(フォア・ザ・チームを押し付けても選手は力を発揮できないし、選手がインタビューでそれを強調するのもうそ臭い)
・野球で「つなぎ」は大事だが、プロ野球という屋台の一番前に並べるものではない(隠れたヒーローを見落とさないことは大切だが、表に出るヒーローとの違いは崩すべきではない)
・自分は泥酔しない限り靴を磨いて1日を終える。生活がうまくいかない時はルーティンの「句読点」を意識してみよう(生きていく上で生活をうまく切り替えることが大切)
・名人は何も残さない(技術は簡単に人に伝授できるものではない、押し付けで教えたがる今の指導者を批判?)
・「奇」と「奇」がぶつかってこそ面白いのに今は「凡」と「凡」
・スピードガンじゃわからない体感速度が大事

これらのおおもとの問題点を一口で言えば、悪しき平準化と、数字そのもので判断する要素還元主義にあるのだろうと思います。

これはまさに現代の社会全般を覆っている問題ですね。

豊田泰光氏の話には、結果論の戦評ではなく、スケプティクス(懐疑、批判)な思想性を感じます。

もちろん、野球そのものの話も興味深いところはたくさんあります。たとえば、「スピードガンじゃわからない体感速度が大事」なんて野球ファンなら面白いところだと思いますよ。

一昨日も、金田正一氏が例によって「ワシは現役時代球速は180キロだった」とホラを吹いたことがニュースになってネットで炎上していましたが、数値だけで野球を見る風潮に対するいらだちもあったのではないでしょうか。

豊田泰光氏は、山本昌が130キロで千葉ロッテの角中をどうして三振できたのかを、東映の“怪童”尾崎行雄がロッキングモーションで高校中退ですぐ活躍したり、杉浦忠(元南海)がベースを斜めに過ぎて逃げていく「角度の速さ」で勝負したりしたことなどを例にとって説明しています。

冬季オリンピックは閉幕しましたが、某オーナーはルールまで変えて野球をオリンピック競技に残そうという一方で、豊田泰光氏は反対しています。

五輪を通してしか価値を見いだせないのはスポーツ文化の貧しさ。欧州・アフリカ勢が割り込んでくるようにならなければ、と時間がかかっても正攻法で野球を理解してもらうことを強調しています。

書生くさいという人もいるかもしれませんが、なんのしがらみもない野球人の話なのですから、純粋に道理を求めてもいいんじゃないでしょうか。

『豊田泰光108の遺言』。少なくとも野球ファンにはぜひおすすめしたい一冊です。

豊田泰光108の遺言

豊田泰光108の遺言

  • 作者: 豊田 泰光
  • 出版社/メーカー: ベースボールマガジン社
  • 発売日: 2013/10
  • メディア: 単行本


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