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ネトウヨの正体判明!?「感情的で浅いもの」に走る理由は?

ネトウヨの正体ってなんでしょうか。文字通りネット時代の非合理主義であることを指摘しているのは今週号の『週刊現代』(3月8日号)。『妻が「ネトウヨ」になりまして』という興味深い記事が出います。タイトル通り、主婦のネトウヨ化が著しいことから、いったいネトウヨとはなにかということを記事にしています。

週刊現代・ネトウヨ.png

記事で新右翼団体の一水会最高顧問・鈴木邦男氏は、ネトウヨについてこうコメントしています。

「ネトウヨの言動は、愛国とは呼べない。あれは排外主義です」

この一言に尽きると私も思います。

韓国のバッシングだけを見ていたらそうは見えないかもしれませんが(ほんとうはあれ自体おかしいところもあるのですが)。

それ以外にも、「弱者」に対する排外主義は常軌を逸しています。

どうしてそうなったのか。ネットという匿名の場で、つい気持ちが大きくなったのかもしれません。でもそれは、もともとそういう思いがあったということでしょう。それがちょっと悲しい。

彼らは、ネットで真実を得たと思っている。もしくはそれが真実であってもなくても、とにかくそれを前提とした物言いで得意になることが楽しいらしい。

でもね、ネットで真実なんかわかるわけないんですよ、

私は3年前、自宅が消防車20台が来る大火災になりまして、2ちゃんねるでもスレが立ったのですが、でたらめな報道を前提に、私を犯人扱いしたり、これこれ行動できなかったのかと説教したり……。前提が架空の話だったらそこでいかなる論評も意味ないでしょう。

事故の報道なんて、その場にいる人の聞き込みで書きますから(警察は公式には必要なことしか発表しないし、警察自体私の身分を詳しくは調べていませんでしたね)、真実かどうかなんてわかりません。

というか少なくとも私の場合は真実ではないという経験をしました。近所のおしゃべりばあさんが言ったことがそのまま記事になってましたからね。私はその人と挨拶も交わしたことがなかったんですけどね。

なのにネットの粗雑な情報でわかったつもりになって決め付け、エラソーにしている御仁て何なの? とおもいます。

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ネトウヨの正体


ネトウヨ出現というと、いかにも社会の右傾化を嘆く意見がありそうですが、同誌は少しニュアンスが違います。

この記事が面白かったのは、ネトウヨのことを、「右傾化」だの「タカ派」だのと思想的に一人前のセクトとして扱っているわけではなく、閉塞した時代の中で「感情的で浅いもの」に走った人たちという位置づけをしていることです。
「私にも、友人がネトウヨ化してしまった経験があります。その友人は、右翼的というよりむしろ左翼的な人なのですが、韓国の人のことをただただ嫌っている。彼の例から考えても、ネトウヨは政治意識ではなく、もっと感情的で浅いものだと感じます。
 彼らの誤った主張を頭ごなしに批判することも、ときには必要かもしれません。しかし、叩けばネトウヨがいなくなるわけではない。
 私自身、演劇がなかったらネトウヨになっていたかもしれない、と思います。身近に拠って立つものがないときに、国家といった大きなものに槌りたくなる気持ちはよく分かるんです」(高間響氏)
「実際に、最近右翼的な活動を始めたという主婦の方たちと話す機会があったのですが、彼女たちは真面目で家事も一生懸命こなしている。ただ、人生に完全には満足していなくて『頑張っているのに報われない、つまらない』という気持ちを抱いているようでした。
 その思いを『社会が間違っているから』『マスコミが正しい情報を伝えてくれないから』という物語が埋めてくれる。本人は『私生活と活動は関係ない』と言いますが、個人的な不満も背景にあるように感じます」(香山リカ氏)
まあ、こういう「悩める御仁」はいつの時代にもいたわけですが、これまでは、もっとわかりやすい非合理主義的な方向にシフトしました。

具体的には、カルト教団とかおかしな宗教、霊感商法のような超能力商売などに傾倒しちゃう人たちだったのです。

それが、ネットの時代になって疑似科学暴きが行われるようになり、超常現象バトル番組もショーにすぎないことがバレてしまった。

それでも、カルト教団問題が完全に過去のものになったわけではありませんが、“そういう人たち”の受け皿がネット時代により多様化したのでしょう。そのひとつがネトウヨであるということです。

よく、ネトウヨなんて実態がないレッテルだ、そういう人物がいるのなら連れて来い、というネトウヨ側のお約束の反論を見ることがありますが、ネトウヨというのは帰納的な定義です。今の時点で少なくともいえることは、為政者が喜ぶ排外主義的な要素を持った人々ということです。

ネトウヨと自覚している人はもちろん、自覚はしていないけど、ネットの言説にかぶれている人。「ネットで真実を知った」という経験がある人。

私たちの社会の文化や歴史や価値観は、先人の暮らしや学究的肉薄から、長年の風雪に耐えて残った奥深いものなのです。

匿名でネットにチャカチャカっと書きなぐられた落書きだけで、その真の姿が明らかになるような軽いものではないと思いますよ。

ネトウヨにならないためにどうしたらいいか


ネットで話題になっていることは雑多で断片的な「情報」にすぎないのです。たとえば出来事を語るには、一次資料にあたれよ、自分の頭と目と足を使って真実に肉薄してからモノを言えよ、というのが私の思いです。

別に大そうなことではありません。事件の現場に行け、とまではいいません。ただ、客観的な事実に行き着くまでは、その情報は保留しておく、という意識が必要です。

芸能トレンド記事なんて、マスコミ媒体のネットニュース、ネット掲示板、個人ブログとあふれていますよね。私は気になるときは最低限、そのソースとなっている媒体に目を通します。

伝聞やダイジェストと、もとの記事ではニュアンスが変わってくるからです。

それから、多様な意見を意識することです。これもそんなにむずかしいことではありません。

So-netブログでは、「ブログを紹介する」という機能がありますよね。お名前は控えますが、私が巡回させて頂いている、ある保守的な意見を書かれるブログの方が、国政では与党になったことのない革新政党を支持していると思える方のブログを紹介しているのを見て、その経緯はわかりませんが、実にいいことだなあと思ったことがあります。

たいていは、同じ立場のブログだけ巡回して安心しちゃうところがありますよね。

でもそれ、残念だなあと思うんですよ。

自分の「気が合う」人だけ。そら、すっと記事はアタマに入っていくだろうけど、自分と同じようなことを書いている人だけ回って何が面白いのって思いませんか。だったら自分の記事だけ読んで自己満足してりゃいいじゃないって。

もちろん、誰がどのサイトを巡回するかはその人の自由です。

だから批判も強制も啓蒙もしません。

ただ、私の場合は、巡回先をセクトで選ぶのではなく、自分の意見を一生懸命まじめに書いている誠実な方なら老若男女政治思想に関係なくどなたでも巡回したいと思っている、ということを述べておきたいのです。

そのような普遍的なものの見方をしていれば、人間というのはかくも多様で奥が深いものだ、ということが実感できるようになります。

そうすれば、非合理主義だのネトウヨだのといったものは、自分には用のないものだと思えるようになるはずです。

週刊現代 2014年 3/8号 [雑誌]

週刊現代 2014年 3/8号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/02/24
  • メディア: 雑誌


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