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大熊元司、G馬場と行動をともにした“全盛期”の偉業CM単独出演

大熊元司、G馬場と行動をともにした“全盛期”の偉業CM単独出演

大熊元司さん(おおくまもとし、1941年12月18日~1992年12月27日)の命日です。27回忌を迎えました。大相撲の伊勢ヶ濱部屋からプロレスに転向。付き人をつとめたジャイアント馬場が独立して全日本プロレスを立ち上げたときも行動をともにしました。(画像は断りのない限りGoogle検索画面より)




大熊元司は、ジャイアント馬場の2代目の付き人です。

1964年ごろから1967年のアメリカ遠征まで、付き人をつとめていました。

初代はマシオ駒でしたが、大熊元司がしくじりばかりするので、2人でジャイアント馬場の世話をしたことがあり、“馬場さんの助さんと格さん”と命名したのは馬場夫人の元子さんです。

馬場さんの助さんと格さん

馬場没後にリリースした写真集『ジャイアント馬場 王道ミュージアム』によると、

元子夫人は最初、プロ野球のときにはなかった、付き人という制度や存在自体に戸惑ったそうです。

しかし、マシオ駒と大熊元司の人柄がよいので、信頼関係が構築されていきます。

マシオ駒は仕事が良くできて几帳面、大熊元司はズボラだったが心の優しい人であったこと。

元子さんが好きだというので、大熊元司は炊きたてのアツアツご飯でおにぎりを握ってくれ、手を真っ赤にしていたことなどのエピソードを語っています。

1973年にジャイアント馬場は独立。全日本プロレスを設立します。

その時、馬場に誘われた大熊元司曰く、「なーんも迷わなかった」と、アメリカの転戦を打ち切って全日本プロレスに入団しました。

その後、相棒のマシオ駒は早逝。

レスラー、背広組を含めて、馬場の側近と言われた人たちは、いろいろあって何人も全日本プロレスを去っていきましたが、終生、馬場と行動をともにしたのは大熊元司だけでした。

ジャイアント馬場は、アントニオ猪木とは対象的に進取の気性に乏しい人で、興行団体として全日本プロレスは新日本プロレスに遅れを取り、日本テレビという親会社があったものの、経営的には苦しく、生え抜きレスラーはずいぶん苦労したようです。

たぶん、実家は造り酒屋で、兄弟は医師その他世間的に信用される仕事に就き、要は“育ちが良かった”ことも、大熊元司がいい人であった一因ではないかとおもいます。

大熊元司、“全盛期”の偉業


大熊元司さんは、アジアタッグ選手権に4度ついていますが、その時期にテレビCMに出演したことがあります。

それも、華を添えるのではなく、単独出演です。

サンペイグッドカメラという、新宿で営業されていた量販店のCMです。

201812270004.png
Youtubeより

カミナリを思わせる音や光とともに、鉢巻をして釘バットをもった大熊元司が登場。

『高い!高い!2割3割引き』と書かれたアクリル板(プラスチック?)を、釘バットで破壊して(効果音はガラス破壊)勝利の雄叫びを上げる大熊元司。

「2割3割」から更に値下げに踏み切った、という意味らしい。

「安い」というテロップと共に商品陳列の静止画が出て、買い物をした大熊元司の嬉しそうな顔。

というCMです。

当時は、プロレスラーのCMというと、アントニオ猪木と山本小鉄の『南蛮館の黒砂糖カステラ』、ザ・デストロイヤーのフジカラーぐらいだったので、大熊元司の単独出演はちょっとびっくりしました。

まあ、夜遅くしか流れないCMでしたが(笑)

名前通り、熊のような風貌が、荒っぽいレスラーをイメージすると思ったのでしょうか。

よく見ると、大熊元司は人のよさそうなおじさんで、日本では強豪外国人レスラーが来ると、やられてしまうポジションでした。

日本プロレス

ただ、弱かったかというとそうともいえません。

変なことをした来たら「ヤる」強さを秘めて……


たとえば1965年には、韓国で大木金太郎と人気を二分していた張永哲と対戦。

張永哲

張永哲に華を持たせる取り決めを破り、それどころか「通常のプロレスではあり得ないほど強い力」(Wiki)で、つまり本気で腰への関節技(逆エビ固め)をかけ、韓国の英雄をギブアップ寸前まで追い込みましたが、張の弟子10人がリングに乱入して大熊元司を殴打し、試合をぶちこわしてごまかしてしまったことがありました。

私の予想では、「取り決めを破った」つまり“相手を怪我させてはいけない”というレスラーの基本的な約束を張永哲が破り、おかしな攻撃を仕掛けたために、大熊元司が激怒して本気で張永哲をキメにかかったのだと見ています。

力道山道場では、相手がおかしなことをしたら「ヤれ」という教えがあり、大熊元司はそれを守ったのだろうとおもいます。

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もう少し長生きしていたら……


大熊元司さんは、移動中に食堂車のアルコール類を全部のんだ、という逸話もあるほど、とにかく酒好きでしたが、どうもそれがたたったようで、晩年は痩せてしまい、1992年のハワイ慰安旅行中に体調を崩すと、帰国直後に亡くなりました。

全日本プロレスは、その後、三沢光晴、川田利明、田上明、小橋建太という日本人レスラーによる“四天王プロレス”で空前の観客動員を記録。

レスラーも年3回、札束のたつボーナスが出たといいます。

旗揚げ時に苦労した大熊元司さんが、いちばんいいときにいなかったのは残念ですね。

大熊元司さん、ご存知ですか。

ジャイアント馬場 王道ミュージアム
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末尾ルコ(アルベール)

大熊元司、G馬場と行動をともにした“全盛期”の偉業CM単独出演・・・大熊元司が今のプロレス団体のリングへ上がると、現有のらすらーたちをかなり食ってしまうと思いますね。それだけの華がありますし、派手なコスチュームで誤魔化している今のレスラーたちと違って、もともとの見た目も十分にインパクトがあります。そして観客との呼吸を合わせるのがとても上手ですよね。このあたりは新日の藤波や長州には感じなかった部分です。まあ新日ではそういうのは、ヤマハブラザーズあたりが上手かったでしょうか。
特に地方興行では観客のノリが悪いのが普通なので、会場を温めるレスラーは絶対必要ですよね。大熊などはその最たる一人だったような気がします。まずリングへ上がっただけで、観客としても気持ちが盛り上がるタイプでしたし、いわば会場の空気を読みながら試合を進めることができましたよね。グレート小鹿もカッコよかったですが、大熊は登場しただけで、「いよっ!大統領!」と(笑)声をかけたくなるようなレスラーでした。観客との呼吸の合わせ方は、全日時代のデストロイヤーも上手かったです。無名時代のスタン・ハンセンとやった試合などはその最たるもので、会場の空気をまったく読めないハンセン相手に、手取り足取りリードしている印象でした。少し前に新間寿が、もちろん愛憎半ばする気持ちだからの微妙な発言なのでしょうが、(全盛期の?)猪木が今の新日で試合しても観客はシラけるだろう的なこと言っておりましたよね。しかし昭和のスターはそんなに甘くはないと思います。猪木なら圧倒的なカリスマと研ぎ澄まされた動きで、他の全レスラーを喰ってしまうだろうし、大熊やヤマハブラザーズらも今の観客の目を奪うと思いますね。
大熊のCMについては知りませんでしたし、猪木の『南蛮館の黒砂糖カステラ』さえ見たことありません。カステラは黒砂糖などを入れるよりもプレーンの方が美味しいというのがわたしの主張なのですが(笑)、だいたいわたし、アイスならバニラとか、オーソドックスが一番好きです・・・というのは余談ですが(笑)。

変なことをした来たら「ヤる」強さを秘めて……こういうおもしろさ、奥深さが今のプロレスにはぜんぜんないんですよね。このあたりの「教え」とかはもうないのでしょうか。プロレスラーの側も強さをアピールしないので、道場破りなんかもあり得ないのでしょうね。今のプロレス団体に道場破りとか行ってもお笑い草になるだけなのでしょうね。


田中絹代は文句なしの歴史的大女優という評価が不動なのですが、見た目はそんなに特別ではないですよね。すごく若い頃の作品は観てないので何とも言えませんが、ある程度の年齢からの田中絹代は、「大女優」という評価を知らなくて観たらまず、(地味な女優さんだな)と感じていたかもしれません。だからいっぷく様の「飯田蝶子と田中絹代の序列がひっくり返っていたのかも」というご想像、とてもおもしろく拝読させていただきました。

>これは私の理想です。

なるほどです。できる限り心身の自由度は高めたいですよね。組織や団体に属していると、しがらみだらけの人生で、生きている実感がしなくなるものですよね。わたしの場合はフリーランスになってから、長きに渡る金欠が続いておりますが(笑)、それでも会社員時代に戻りたいとは微塵も思いません。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2018-12-27 03:09) 

旅爺さん

おはようございます。
随分プロレスに詳しいんですね、爺はテレビを見てるだけでした。今はもう数年見てません。

by 旅爺さん (2018-12-27 06:11) 

pn

2割3割あたりまえー!ってやつとは違うのね(^_^;)

by pn (2018-12-27 06:21) 

Take-Zee

こんにちは!
大熊元司さんは随分若くして亡くなった
んですね。

by Take-Zee (2018-12-27 15:30) 

ヨッシーパパ

猪木の顔が、とても大きく見えますね。
立ち位置の問題なのでしょうが・・・。
by ヨッシーパパ (2018-12-27 19:21) 

チナリ

おはようございます。

大熊元司さん。

私がプロレスにハマる何年も前に亡くなられているので、今回の記事で初めて知りました。

>私の予想では、「取り決めを破った」つまり“相手を怪我させてはいけない”というレスラーの基本的な約束を張永哲が破り、おかしな攻撃を仕掛けたために、大熊元司が激怒して本気で張永哲をキメにかかったのだと見ています。

「プロレス界の暗黙のルール」ですが、この約束を破られたから激怒をしたとなると、本物のプロレスラーであり、男気あふれる方だと思いました。

by チナリ (2018-12-28 09:13) 

犬眉母

強さと愛嬌を兼ね備えた方なんですね。
by 犬眉母 (2018-12-30 02:13) 

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