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寺内タケシ、通称「エレキの神様」のユニークな反骨精神

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寺内タケシさん(てらうちたけし、1939年1月17日~)の誕生日です。通称「エレキの神様」といわれてきましたが、エレキギターは非行の温床という声とたたかう時期もありました。その結果、今では1500校にのぼるハイスクールコンサートを行っています。



寺内タケシといえば、エレキギター。エレキギターと言えば不良、という図式があったといわれますが、私が知った頃の寺内タケシはもう妻子がいて、ニベアクリームのCMに家族揃って出ていたときなので、あまりそのようなイメージはありません。

昭和40年代は、ホームドラマブームだったこともあって、家族総出のCMが流行しましたが、寺内タケシ一家がいちばん感じ良かったですね。

寺内タケシ(ニベアクリーム)のほか、五十嵐喜芳・五十嵐麻利江(コカ・コーラ/ハイシー)、江原真二郎・中原ひとみ・土家歩・土家里織(ライオン/ホワイト&ホワイト)、尾上菊五郎・寺島純子(カネボウ/シルクレディ)などがありました。

さて、寺内タケシが、どうして「不良」であるエレキギターを演奏するようになったのか。

ひとつの理由として、Wikiによると、寺内タケシは親に逆らう子供だったようです。

これはすばらしいことですね。
バンドを結成したところ、父親から「一度でも一科目で一番を取れば、好きなだけギターをやってもよい」と懇願されて勉強し、期末テストで一位を取ったところ、父親から「お前はやれば出来るんだから、このまま成績を保て」と言われたが、寺内は「やれば出来るんだから、やらない」と勉強をやめた。
高校時代は入学直後にマンドリン・クラブを創設し、その技術も群を抜き、1年から出場したNHK全国楽器コンテストで3連覇を成し遂げた。明治大学マンドリン部創設者の古賀政男から誘われ明治大学へ進学したが、家業を継がせたい父親によって1週間で退学させられ、関東学院大学工学部電気科へ入学し直した。

親の言いなりになる子どもは親は超えられませんし、そもそも親が正しいとは限らないのです。

いずれにしても、子どもにとって自分の進路の妨げとなる親との相克があらわれています。

そういう人がエレキを演奏するというのは象徴的ですね。

エレキギターそれ自体が不良なのではなく、勉強していい学校に入っていい会社に入る、もしくは家業を継ぐことが「いい子供」であり、その路線に従わない子供は「不良」とする親の価値観押し付けの象徴としてエレキギターがあったのかもしれません。

『エレキの若大将』(1965年、東宝)


寺内タケシと、加山雄三は確執があると言われています。

1965年には、『海の若大将』と『エレキの若大将』に出演しているのですが、現在は疎遠です。

そこで“お宝”となっている『エレキの若大将』を振り返りますが、若大将のグループが、エレキギターの演奏大会に出ることになり、人数が足りないからと言って、蕎麦屋で出前持ちをしていた寺内タケシを仲間に入れるというストーリーです。

『エレキの若大将』の寺内タケシ

左から、田中邦衛、寺内タケシ、加山雄三、黒沢年雄、ドラムは二瓶正也です。

田中邦衛、寺内タケシ、加山雄三、黒沢年雄、ドラムは二瓶正也

このメンバーが揃うと、いかにも昭和の古き良き時代の青春映画という感じですね。

『クレージーだよ奇想天外』(1967年、東宝)


寺内タケシとブルージーンズには、以前、内田裕也がヴォーカルで参加していた時期があり、『クレージーだよ奇想天外』(1967年)には、ご両人が出演しています。

同作は、谷啓主演で星由里子がマドンナであることは何度かご紹介していますが、寺内タケシと内田裕也が出演したことには触れていませんでした。

内田裕也
内田裕也が歌っているのは『俺のハートは3333万3330℃』

『クレージーだよ奇想天外』で寺内タケシ
谷啓の歌う『イヤダイヤダと云ったのに』を演奏

予告編もアップされていますが



植木等が、「君たちはキ×ガイか」と、居丈高に叱り飛ばすシーンが堂々と入っています。

そういう時代だったんですね。

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そこで余談ですが……


昨日の「千葉の女が乳搾り」が、お気に召さない方もおられたようですが、橋達也の名誉のために付け加えておきますと、私も「無意味」と書きましたが、そのギャグはコントのストーリーとしては無意味であるものの、「笑い」とする意図自体については無意味ではないとおもいます。

「千葉の女が乳搾り」というのは、無意味というより詠んで字のごとしなのです。

千葉が酪農が盛んであることから、「嫁にするなら千葉の女、千葉の女の乳搾り」といわれ、実は橋達也が初出ではないのです。

これは、一見褒め言葉であるのですが、農家の嫁は黙って働いていろということを言わんとしている、封建的で旧弊な物言いです。

その意味で、橋達也が「笑い」に持っていったのは、ビートたけしが偉い人をからかって落とすのに通じる「皮肉の文化」であり、一概にだめだとは言えないとおもいます。

もとより、笑いに限らず創作物というのは、「俗悪」や「毒」と紙一重であり、また時代的価値観がどうであるかも見る必要があります。

1960年代終盤から1970年代前半は、野球拳、ハレンチ学園その他、「俗悪」に満ちていました。

しかし、それが新しい文化をうんでいくのだとおもいます。

今の価値観で昔をそのまま見ると、価値を見失う部分もあるので、昔を振り返るのは、「その時の文化」という視点は忘れずにいたいものです。

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コメント 13

犬眉母

楽器を買ったり、大学をかわったり、
実家も裕福だったんでしょうね。
by 犬眉母 (2019-01-17 01:59) 

末尾ルコ(アルベール)

寺内タケシ、通称「エレキの神様」のユニークな反骨精神・・・かなり幼少の頃からロックファンでして、一瞬ですがパンクバンドもやっておりましたもので、「エレキギター」などにはある程度のこだわりはあります。とは言え、わたしはヴォーカルでしたので、楽器は一切できません。
特に10~20代には、「ロックは普通の人がやるものではない」というポリシーのようなものがありました。そして「不良」とはまた違うのですが、「ロック=反抗」という図式は固定観念として持っておりましたです。高校時代のわたしを第3者が見れば完全に「不良」なのですが、しかしいわゆる「ツッパリ系」あるいは「暴走族系」の不良とはまったく接点がありませんでした。当時のロックファンは意識的人間と言いますか、ある程度以上の知的レベル、ロックだけでなく、映画や小説、そして漫画やプロレスについても語れる人が多かったと思います。90年代くらいにはこのような図式は見る見る崩れてきて、「普通の高校生が、部活で普通にやる」とか、そんな感じになっちゃいました。
寺内タケシの名前はもちろん知っておりますが、本日のお記事で拝読させていただいているエピソードなどはまったく知りませんでした。特に「加山雄三との確執」という部分には興味をひかれます。

>寺内タケシとブルージーンズ

へえ~、そうなのですね。内田裕也という人もわたしにとってはいささか謎で、わたしの周囲のロックファンで内田裕也を聴いている者は一人もおりませんでした。世代が違うので仕方ないのかもしれませんが、わたしの上の世代でも内田裕也を聴いていた人は周囲にいなかったです。ちなみにキャロルや矢沢永吉は、ロックファンは聴いておりませんでしたが、ツッパリ系は皆聴いておりました。

>昔を振り返るのは、「その時の文化」という視点は忘れずにいたいものです。

本当にそうですね。そして、「現実」と「創作物」はまったく違うということも大事だと思います。余程極端な差別的内容など以外は、基本的に創作物の(テレビはどうしても規制が多くなりますが)エロ・グロ・ナンセンスは許容されるべきだし、わたしはぜんぜん大丈夫です。

稀勢の里は、いっぷく様が懸念しておられた通りになりましたね。あらためて、いっぷく様のご視線・ご視点の鋭さに感服いたします。それにしても稀勢の里横綱昇進時、そして怪我を押しての優勝の美談化の時の、多くの国民の熱烈歓迎ぶりは、当時からわたしも嫌な感じはしておりましたし、こと稀勢の里の件に限らずあのような雰囲気は危険だと感じておりましたが、メディアも国民の多くも無数の先例に学ぶことはありませんね。

>実名呼び捨てで何度も連呼して罵倒

このお話で、小金治の司会も観ていたような記憶が蘇ってきたような(←曖昧 笑)気がします。「起り芸」は近年で言えば、みのもんたがそうでしたね。立川談志もその境地(笑)を目指しているのかもしれません。「視聴者の怒りを代弁」のつもりなのでしょうが、一人の司会者に独断で審判を下される視聴者や社会ではいけません。 RUKO


by 末尾ルコ(アルベール) (2019-01-17 02:55) 

Rinko

エレキギターが非行の温床と言われていた時期もあったんですねー。
家族総出のCMは中原ひとみさん家族のホワイト&ホワイトを覚えています。
by Rinko (2019-01-17 07:54) 

こんちゃん

エレキ=不良懐かしいです。私の時代もそんなこと言われていました。
昨日の記事の「ダメなのよ〜ダメなのね〜」や「千葉の女が乳搾り」は覚えています。
リズムがあって言いやすく覚えやすいので子供時代は深い意味も分からずよく口にしてました。
by こんちゃん (2019-01-17 08:39) 

pn

1週間で退学させられてって酷くない?子は親の物って言う意識がとんでもなく高い頃とは思うけど非道ではなかろうかと。
by pn (2019-01-17 09:09) 

kohtyan

寺内タケシも傘寿を迎えましたか。
青春の懐かしい思い出です。
by kohtyan (2019-01-17 09:34) 

斗夢

30年ぐらい前、子供が高校生でバンドを組んでライブなど
やっていましたが、あれでは大学に入れないと女房に注意する
人がいたようです。
子供は俺の頭では大学を出ても使い物にならなとギターを作る
専門校に通いましたが、ギター作りの職人にならず、御茶ノ水で
ギーターを売っています。
by 斗夢 (2019-01-17 11:09) 

チナリ

こんにちは。

私は、寺内タケシさんのことは名前くらいしかわからないのですが、昨年に父が「寺内タケシとブルージーンズ」のCDを見つけ、嬉しそうに買っていたことを思い出しました。

by チナリ (2019-01-17 11:29) 

kou

覚醒剤で事務所を解雇になった元ギタリストの息子さんの事が気になります。
by kou (2019-01-17 16:15) 

Take-Zee

こんばんは!
こんな爺さんも中学3年のとき、八百屋で
バイト。 10日間働いた5,000円でギターを
買って遊んだんですよ。

by Take-Zee (2019-01-17 18:16) 

ヨッシーパパ

エレキの人と言う認識しかありませんでした。
by ヨッシーパパ (2019-01-17 19:03) 

なかちゃん

フォークギター(今はアコースティックギター?)を買いましたが、エレキはアンプ込みで高いというイメージがあって買えませんでした。というより、どっちでも良くて意味なくギターが欲しいという程度だったので(^^;

by なかちゃん (2019-01-17 21:41) 

ナベちはる

「温故知新」ではないですが、昔から得られるところもあるので、そこから新しいものを生み出すときは今と当時を同じ視点で見てはいけないですよね。
by ナベちはる (2019-01-18 00:32) 

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