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直葬論争から考える、人生にとって財産や冠婚葬祭とはなんなのか

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今日、ネットで一番盛り上がっていた話題は直葬の話でした。直葬というのは、亡骸を通夜や葬式をせずに火葬場へ直行させることです。「墓じまい」同様、ネットでもこういう話は盛り上がるんですね。あなたは直葬をどう思いますか。





さっそくまとめスレにリンクしますが、今も書き込みが続いているようなので、さらに増えそうです。








直葬をどう思いますか、という話題です。

盛り上がるのは、誰でも例外なく関係者だからでしょうね。

「縁起でもない」と逃げてしまう話かなあとも思いましたが、ネットに匿名で意見を書くだけだから、そんなにプレッシャーもかからないのでしょう。

このブログ『戦後史の激動』の、過去の記事を探したところ、「墓じまい」については書いたのですが、「直葬」については、この記事で触れただけでした。

老前整理、中途半端な財産よりも晴れ晴れとした手元不如意を!

週刊現代・60すぎたらどんどん捨てなさい.png
『週刊朝日』2014年3月1日号

この記事では、やはり『週刊朝日』の記事をご紹介しています。

人生で獲得した有形無形のものすべて、人生の区切りをつける時に一緒に手放しなさい。

それによって、次の人生を新たな気持でしがらみなくすっきり送ることができる、という老前整理のすすめの話です。

昔の記事なので、内容を振り返ってみます。

「自分」を遺すべきか


介護が大変な親は施設を考えなさい。
お義理で年々増えている年賀状もやめなさい。
去る妻を未練たらしく追うのはやめなさい。
いいかげん子離れしなさい。
カネは残そうとせず使いきりなさい。


これらに賛成できないあなた。

生きてきた証を捨てろなんてトンデモない、と思いますか。

でも、いっちゃなんですが、あなたにとって宝物であっても、他人にとっては二束三文だと思います。

死んでしまえば、残った誰かがそれを始末しなければなりません。

あなたの遺したものはただのゴミなんですよね、他者にとっては。

お金や不動産として残せば後の人が喜ぶと思いますか。

それはそうかもしれませんが、弊害もあるかもしれませんよ。

遺産争いが起こって、仲の良かった身内が関係を壊してしまうかもしれません。

……というのが同誌の記事の趣旨です。

「捨てなさい」というのは、何も自分の人生を否定しなさい、ということではありません。

思い切って必要のないモノをそぎ落とすことで心が整理され、自分が本当は何をしたいのか、新しい生き方や暮らし方がおのずと見えてくるということです

「過去の物」がありすぎると、身動きが取れなくなって未来に進めませんよ、ということです。

つまり、老前整理というのは、大きく見たら終活に含まれるのかもしれませんが、当面の眼目は、むしろ人生の新しいステージを掃き清める前向きな試みなのです。

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なぜ葬式をしてほしいのか?


しかし、これだけ書いても、まだ納得出来ない方もおられるでしょう。

ある程度人生を生きると、財産がないと外聞が悪い。

引っ越すときに手荷物1つでは、自分の人生は何だったんだと思ってしまう。

友だちがいないと自分の葬式はどうなる、葬式にどれだけ人が来るかこそが人生の結論である

なーんて考える人もいるんじゃないでしょうか。

ハッキリ言いましょう。

そんなもん、ちっぽけなことです。

人間、死ねば灰になるだけ。

あなたの葬式に1000人来たら、あなたは生き返るんですか。そんなことないでしょう。

まわりくどくなりましたが、本日の趣旨に沿って結論を申し上げますと、少なくとも生きている今の時点で「派手な葬式をしたい」とおもっているあなたは、人生が身動き取れなくなってる症候群ではないか、ということです。

私が思うに、あなたの評価というのは、あなたが他者に「こう思って下さい」と提示するものではなく、他者の意思によって「〇〇さんはこういう人だと思います」と与えられるものなのです。

つまり、あなた自身が「自分の葬式にはたくさんの人に集まって欲しい」と望むのではなく、あなたに人望があり惜別の思いを抱かれれば、多くの人が葬式に来てくれるでしょうし、たとえ直葬や密葬なら、後に「お別れ会」を開いてもらえるのです。

そうでないのに、「派手に葬式をしたい」などというはた迷惑な遺言をのこしたら、遺族は派手な葬式の準備に追われ、周囲の人は義理で不祝儀に出席させられる不愉快な思いをすることになるのです。

まとめスレのコメントで、ポンと膝を叩いたものがありました。

>(葬式をせずに直葬にするのは)カネの問題じゃないよ
>結婚式も葬式も他人の一日潰すの申し訳ないからな


そう、今回は触れませんでしたが、結婚式というのもね、なんとかなんない? と私はおもっています。

みなさんのご意見はいかがですか。

週刊現代 2014年 3/1号 [雑誌]
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老前整理 捨てれば心も暮らしも軽くなる

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コメント 16

犬眉母

お葬式の好きな方は、「お友だちと最後のお別れをしたい」
なんて言いますが、亡くなってからでは「最後」を過ぎてますし、
それなら生きているうちに悔いのないようにと思いますね。
by 犬眉母 (2019-02-12 02:22) 

末尾ルコ(アルベール)

直葬論争から考える、人生にとって財産や冠婚葬祭とはなんなのか・・・わたし、「式」と名のつくもののほとんどはまったく肌に合わず、例えばオリンピックの開会式や閉会式のただただお金と時間と労力を消費しているのを見ると心底辟易するのです。あれを延々とすべて観るとか、わたしにはできないですね。ロス五輪以来、演出は誰とか、出演者は誰とか、事前からそんなことばかり盛り上がって、この前の閉会式では「安倍首相がマリオになった」とか、そういうことで侃侃諤諤盛り上がるというのは、わたしにはまったく縁のない世界です。

>葬式にどれだけ人が来るかこそが人生の結論である

わたしもこのようないかにも「したり顔」の意見は、根本的に間違っていると思ってます。まあ人間が死んだあとどうなるかという点についてはいろいろな考えの人がいるのでしょうが、少なくとも間違いないのは、「死んだ人間にとって、参列者の数など何の関係もない」ということでしょう。数が少なくて、残された家族が体裁悪い思いをするというのはあるかもしれませんが、その「思い」も根本的に間違ってます。それと、やたらと参列者の多い葬式に参列したこともありますが、本当に故人を悼んでいる人なんてほとんどいない印象でした。もちろん、社会的に大きな貢献をした人や、偉大な俳優、歌手などの葬式であれば、お話はまた別ですが。わたしなんか今死んだら、参列者なんてほとんどおりませんよ(笑)。

>人生が身動き取れなくなってる症候群

その通りです。「見栄」とかが死んだ後まで続くと妄想している可哀そうな人たちです。
高知で放送している葬祭センターのCMで許し難いのが、「自分は不器用で、(親が)生きているうちは有難うのひと言も言えなかったけれど、亡くなってから大事にするからね」的なこと言うのがあるんです。死んでから大事にされても、嬉しくないですよね(笑)。少しでも「大事」だと思うのなら、生きているうちに孝行しろよ!と。もちろん様々な事情で、生きているうちに孝行できなかった人もいて、そうした人たちの罪悪感を少しでも軽くするために「死後の孝行」という概念も存在するのは分かりますが、それが「盛大な葬式」に結びつくというのはまったく見当外れですね。

>結婚式というのもね、なんとかなんない?

あまり大声では言えませんが(笑)、甥や姪の結婚式に仕方なく(笑)出席したのですが、もう「くだらない」のひと言です。そのくだらなさを語り始めると延々と続くので自重させていただきますが(笑)、例えば、結婚式というものは極めてプライベートな式のはずなのに、地元のアナウンサーとかを司会に読んだりとか、またその手の司会者って、「誰の結婚式でもマニュアル通り」って言うのが見え見えなんです。そしてお決まりの学友や上司のスピーチとか出し物とか、わたしの神経では耐え難いものの集積なのです、(ありがちな)結婚式は。

「年齢の括り」から解放されよう!と威勢のいいことを書いておりますが、わたしも気になると言えば気になるのです(笑)。
ただ、まず精神的に「囚われるまい」としておりますし、そのための努力(適切な知識の収集を含めて)は欠かさぬようにしております。
まあ、「年齢の括りに囚われない」と言っても、「年齢無視」ということではなくて、「実年齢を踏まえた上で、従来の常識を超えていきたい」という、またいささか大風呂敷になっておりますが(笑)、そのような感じですね。
このお話も、後日続けさせていただこうと思っております。 RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2019-02-12 03:12) 

pn

うん、葬式いらない。
あれって本人の希望だけじゃないと思います、残った人の見栄も絡んでいるのではと。
by pn (2019-02-12 06:15) 

Rinko

実家の母はこちらで言う「直葬」を望んでいます。
それもアリだなーと思っていたところです。
by Rinko (2019-02-12 07:53) 

なかちゃん

ボクは自分のことに関しては、自分では決めずに子らに任せるつもりです。ただ『しなくてもいいよ』という言葉は添えるつもりですが。
そう言いながらも、自分の母のことになると葬式は出そうと考えています。そして、それを以てお参りしてくれた人達とのお付き合いはお終いとさせていただくつもりです。
今はまだそれ以外の結論で割り切るということは考えられません。

by なかちゃん (2019-02-12 10:51) 

扶侶夢

葬式も結婚式も単なる儀式のひとつなので(それを宗教的儀式として捉える人はそれなりの戒律を求める人もありますが)それは個人の嗜好でどっちだって良い問題だと思います。私は選択肢が増えるという事は基本的に良いことだと思っていますが、硬直化した制度から解放される訳ですからある意味で進歩かも知れません。時代の権威が作ったタブーを打ち壊せるということは民にとっては良いことです。
by 扶侶夢 (2019-02-12 11:36) 

えくりぷす

私の大伯父のところは、普通、通夜→火葬場→告別式の順で行っていますが、遺言で告別式と火葬の順番を逆にしました。なんでも「告別式で皆の弔辞が聞きたいから」という理由からだそうです。ヘンな話ですが、遺言なので従いました。
私自身は、なるべく簡素にと思っています。
by えくりぷす (2019-02-12 11:52) 

ヤマカゼ

差し当たり、母親が90歳ですがしらせる親戚も少ないし、お付き合いもしてないので、直葬ありですね。
by ヤマカゼ (2019-02-12 12:55) 

Take-Zee

こんにちは!
数年前に”わたしのお墓~”なんて歌が
流行りましたね・・
 死んでしまえばその身体はただの物体です、
たしかに亡くなった方が偲ばれますが早く
荼毘に付した方がいいと思います。
 でも、それも本人の意志ではできませんが・・・
by Take-Zee (2019-02-12 16:08) 

ヨッシーパパ

葬儀は、無くなった方への、残った家族などが行う物ですので、それらの方々次第なのでしょうね。
by ヨッシーパパ (2019-02-12 18:32) 

トメサン

ここだけの話、墓地を公園にして、
墓石はボルダリングホールドみたいにならないかなとか
生きているうちに公園みたいなの作れたらいいなとか
思ったりします。
by トメサン (2019-02-12 22:23) 

hana2019

身体が死んでしまったら、無になると思っていますので、私自身も直葬で、子供に負担をかけるお墓もいりません。
実家の母も、家族葬くらいでじゅうぶんだと。
歳を重ねると老後が、老後が…と、皆さん老後の資金の心配ばかりされますが、余程の事がない限り、歳をとったら生活はより質素になるばかり。老後のために貯めた貯金は結局、子供への遺産として残るものと考えます。そう一言では言い切れない、難しい問題であるのはその通りなのですけれど。
by hana2019 (2019-02-12 23:59) 

藤並 香衣

環境問題でNGとされていますが
出来るなら僕は海洋葬が希望です

80代の姑は葬式をしてほしいそうで
孫にまでお墓を守っていけと言いますが
僕と旦那さんの代でなんとかしたいと思ってます
by 藤並 香衣 (2019-02-13 00:00) 

ナベちはる

良かれと思って遺したもので取り返しのつかないトラブルを起こすなら、直葬もありかなと思います。
by ナベちはる (2019-02-13 00:12) 

這い上がるママ

私の住んでいるところは「おくやみ欄を見るために新聞を取る」ような県民性なので、お葬式を家族葬だけというのもまだ少ないです。葬儀の準備が忙しくて一番悲しむ人が悲しんでいる暇がない、なんて話しますね。いっときのことですけど。
by 這い上がるママ (2019-02-13 01:22) 

そらへい

葬式は、遺されたものが自分たちのためにするもの
と長い間理解しています。
亡くなった人にはもうわからないことです。
by そらへい (2019-02-16 17:38) 

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