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川崎敬三さん、最後のインタビューで「遺言」を公表していた!?

川崎敬三

川崎敬三さんが亡くなったことがテレビ朝日から発表され、キーワード急上昇です。でも、川崎敬三で、分かる世代って40代後半以上ではないでしょうか。今日は、川崎敬三さんの最後のインタビューと思われる、『週刊文春』(2001年8月23日号)をもとに、川崎敬三さんの「余生」について見ていきます。(画像は『新だいこんの花』より)



川崎敬三という名前で、大映の映画俳優、をイメージした人は60代。

テレビドラマや、アフタヌーンショーの司会者と思った人は、その一世代下といったところでしょう。

おそらく、芸能トレンドブログ記事では、川崎敬三追悼記事がたくさん書かれると思いますが、にわか芸能評論家のようなインスタントブログ記事では出てこない話を私はご紹介します。

それは、『週刊文春』(2001年8月23日号)で、おそらくは生涯最後と思われる川崎敬三のインタビュー記事です。

『週刊文春』(2001年8月23日号)

私は火災でいろいろなものが全部焼けて無一文のくせに、今回のようにポツリポツリと昔の資料も残っているのです。

それはさておき、その中から、かいつまんで「表舞台から消えてからの川崎敬三」が何をしていたのかをご紹介します。

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ホテル支配人→人間に失望し?世捨て人に


川崎敬三は、山田吾一の後を受けて、テレビ朝日で月~金に放送されていた『アフタヌーンショー』の司会を、73年に引き継ぎました。

おそらく、追悼記事でもっとも多く振り返る人が多いであろう『雑居時代』(1973年、ユニオン映画/日本テレビ)の仕事も降板して、以後12年間、無休で司会を勤めあげました。

加東康一・梨元勝の芸能コーナー(金曜日)、ばばこういちの「納得いかないコーナー」(火曜日)など人気コーナーが次々誕生。

そのひとつである、火曜日のコーナーだった、山本耕一とのやりとりが、漫才ブームのさなかに、ザ・ぼんちのネタにされたわけです。

それが、85年にヤラセ事件が発覚して、番組ディレクターが福生署に逮捕。局の屋台骨を支える人気番組は突然終了しました。

「やらせリンチ事件」で名物番組が打ち切り

当時、レギュラー出演者が突然失職したということで、「補償」も取り沙汰されましたが、まあサラリーマンじゃないんだし、番組の打ち切りで仕事を失うのはしょうがないよね、といいつつ川崎敬三だけは、『新アフタヌーンショー』の司会にまた起用されましたが、「だったら何のために打ち切ったの?」と逆に視聴者は反発。

装いも新たな新番組はあっという間に打ち切り。

司会業に専念していた川崎敬三が、また俳優業に戻るのはむずかしかったらしく、2年後に『恋はいつもアマンドピンク』(樋口可南子主演)の脇役を最後に芸能界は引退しました。

まあこれは仕方ないかも。

だって、『雑居時代』では、大原麗子に憧れる写真家の役を演じていましたが、『アフタヌーンショー』では、むずかしい顔して、大原麗子と渡瀬恒彦の離婚問題を論じているのですから。

その後は、支援者の紹介で、宮城県古川市内にある『ホテル古川ゴールデンパレス』の支配人に。

登記上、代表取締役になったこともありましたが、川崎敬三はインタビューで当時をこう語っていました。

「正直いって、あのホテルにはいい思い出がないんです。最初の一年間はお客さんにビールを注いで回ったりしていたのですが、そのうちに“数字をもってこい!”と、アゴで使われるようになっちゃって……。僕には何の決裁権もないし、結局は無能の烙印を捺され、罷免されたんです」

以来、川崎敬三は、世間的なつながりをいっさい絶ち、世捨て人になりました。

経済的には、アフタヌーンショー時代に稼いだお金をもとに建てた、神奈川県藤沢市内のアパート収入(12部屋で合計50万)がある、と当時語っています。

「いっさい仕事をせず、勝手気ままに生きてます。好きな釣りもやめ、いまは大工仕事が趣味みたいなもんですかね。ふらりと電車に乗って、知らない町を散歩したり、そんなフーテンみたいな生活を送っているんですよ」

ー淋しくはないですか?
「自分で納得していますから。家族ともほとんど没交渉だし、友人も見事にいません。僕は世間とのつながりを失った代償に、自由を得たと思っている。気がねしながらひっそりと暮し、人知れずサヨナラするつもりです。家内には葬式無用、誰にも知らせるな、と遺言してあるんですよ」

区切りをつけた時は世を捨てる時か?


亡くなったのが7月といいますから、おそらく、家族が出した欠礼の知らせで訃報が明らかになったのでしょう。

記事ではさらっとしか経緯は触れていませんが、私には川崎敬三の気持ちがよくわかります。

芸能界で生きることが難しくなった時、近づいてきた人間は、川崎敬三を救うという口実で、仕事が無いという弱みに付け込み、わずかに残った彼の「財産」である知名度を利用したかったのでしょう。

有名人の支配人で月給100万円が妥当かどうかはわかりませんが、おそらく使う方は、100万払って、恩に着せた上に、月給分以上の200万か300万の仕事をさせたかったのでしょう。

でも、それだけの数字が出ないから、世間から忘れられた頃、使い捨てライターのように罷免された。

川崎敬三は、それで使われて仕事をすることに失望したのだと思います。

もちろん、資本家が労働力をできるだけ効率よく搾取するのは資本主義の掟です。

使う方に何の違法性もありません。

でも、川崎敬三からすれば、人が一番困っている時に、その弱みに付け込み、勝手に恩に着せ、挙句に人を無能扱いして罷免された、ということになるわけです。

人の弱みに付け込んで近づいてくると感じられる点が、我慢ならなかったのかもしれません。

世の中は、そんなことに満ちていますからね。

私は、川崎敬三のように経済的な後ろ盾はないのですが、でも「世捨て人」いいなあと憧れます。

何か作品を偲ぼうと思い、先日の加藤治子さんと同じ『新だいこんの花』を観ましたが、字数が2000字を超えてしまったので、それはまた別の機会とします。

『新だいこの花』で竹脇無我と

川崎敬三さんの、生前のご遺徳をお偲び申し上げます。

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