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奥山佳恵のダウン症次男、支援学校を選択しなかった2つの理由?

奥山佳恵のダウン症次男

奥山佳恵の次男はダウン症ですが、支援学校ではなく通常の小学校(学級)に通わせることを決めた、とブログで明かした話が話題になっています。で、まあ例によって、ネット掲示板のコメントはブーイングの嵐ですが、誹謗中傷は無視するとしても、この問題、考え方はいろいろあるのではないでしょうか。(画像はGoogle検索画面より)



これが、まとめ記事です。概要をご確認ください。

「ものすっごく悩みました」奥山佳恵 ダウン症次男を小学校へ

私は奥山佳恵の次男の状態をよく知らないので、あくまでもダウン症児一般 として意見を申し上げます。

まずネット民は例によって、「知りもしないで」誹謗中傷していますね。

ダウン症は、たしかに脳機能の障がいですから発達障害は起こります。

ただし、それが知的障害とは限りません。

ダウン症でも、状態によっては普通学級が困難ではないこともある、ということです。

クラスメートに迷惑をかけるという意見もありますが、いったいどんな迷惑をかけるのでしょう。

どうせ具体的なものは何も浮かばず、障がい者=迷惑と決めつけているだけでしょう。

かりにかけるとしても、世の中に出ればさまざまな障がいをもつ人がいますから、周りの児童にとっても勉強になるからこれはむしろ良いことです。

子供のうちに障害者と過ごすことで、その後の考え方も変わるかもしれません。

小学校1年ぐらいですと、さすがにまだ素朴で、障がい者に対する認識は、よくも悪くも白紙なのですよ。

ただ、私がその子の親なら、障がいの内容にもよりますが、障がいが軽度、もしくは中度なら、選択肢として支援学校を避けることはしません。

自治体の判定が就学前になされると思いますが、それに従うと思います。

というのは、知的障害の場合、障がい児の成長の角度は、健常児とは違うんですね。

就学時はなんとかついて行けそうでも、上の学年になった時に、差がついてしまう可能性があります。←絶対にそうだと断言はできませんが。

ただ、もしそうなっちゃうと、本人にもきついのです。

それこそ、他の児童に対して足手まといにならないとも限りません。

途中で支援学校に転校するぐらいなら、はじめから支援学校で、障害児として必要な自立の療育を受けたほうがいいと私は思います。

まあ、多くの障がい児の親御さんは、そう考えるのではないでしょうか。

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障がい者としての限られた選択肢を避けたかった?


では、奥山佳恵は、どうして普通学級に入れたかったのでしょうか。

ひとつは、奥山佳恵の長男は、普通の小学校に行っているのでしょうから、次男もそうしたかったということでしょうか。

この記事でも書きましたが、

兄弟姉妹がそれぞれ地域の小学校と支援学校に通う場合の悩みは?

兄弟姉妹がいて、一人が健常の場合、知的障害のある子の進路については、色々事情や考え方はあるでしょうね。

もうひとつは、いったん支援学校に入ってしまうと、そこの高等部までエスカレーターで進んで、後は障がい者枠の就職か、障がい者の作業所で就労ということになります。

要するに、障がい者としての人生しかなくなってしまうのです。

たぶん奥山佳恵は、それが嫌だったのではないでしょうか。

それはよくわかりますよ。

そこで、ここから先は、一部の障がい児の親御さんと私は少し考えが違うのですが、

できそうなら、学校と並行して、受給者証で受けられるお勉強系のデイサービスがありますから、そういう機関を使って普通の勉強にもチャレンジして、高等学校進学時をめどに、普通の学校を目指すのもいいと思います。

すでに、私はこのブログでご紹介していますが、単位制通信制高校では、障がいのある生徒の受け入れを行っているところがあります。

支援学校高等部に入らなければ、障がい者としての就労が不利になる、という心配をしている親御さんもいますが、そんなことはありません。

むしろ、普通の高校に入ったほうが、学歴としても認められます。

そして、障がいの内容にもよりますが、健常の生徒との学園生活によって、支援学校とは全く違う価値観や人生観に触れることで、障がい者としての本人の人生観が変わり、また精神年齢などは飛躍的に成長できる可能性があります。

健常の生徒の中に入ったらいじめられるって?

それはなんともいえませんが、少なくとも単位制通信制高校というのは、不登校や落ちこぼれなどスポイルされた人達が来ますから、相互理解は見込めますし、うまくいかなければ通信制ですから登校を控えればいいだけです。

まあ、いずれにしても、お子さんのより良き学校生活を願うとともに、奥山佳恵には、焦らず、子ども第一に、もちろんくだらない誹謗中傷などはスルーで、がんばっていただきたいと思います。

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コメント 9

斗夢

近所の小学校にダウン症の子が通っています
ただ一般のクラスではなく数人の障害者だけのクラスのようです
クラブ活動などは一般の子と一緒です
by 斗夢 (2017-12-23 05:51) 

chiru

こんにちは^^

うちの子もダウン症ですが小中と地域の学校へ通いました。
ただ、普通クラスではなく障害児クラス(今では支援クラスと言います)でした。
普通の学校に通わしたいという気持ちは痛いほど分かります。
子を思う親が選択することは、どんなことでも間違ってはいないと思います。
by chiru (2017-12-23 09:30) 

makkun

私はダウン症の人の知的云々に関しては無知ですが
奥山佳恵著書の「生きてるだけで100点満点」の
タイトルだけで感動してしまいます。
夕方のワンちゃん散歩の時に殆ど毎日
ダウン症の子供(中学生高学年?)の子供を
支援学校の送迎車のバス停まで迎えに行き
一緒に帰って来るお父さんの姿を見てますが
「我が子」への優しい眼差しを見ると
ついウルウルです・・。


by makkun (2017-12-23 11:35) 

うつ夫

奥山さんの思った通りにやれぱいいんじゃないですか。
他人はどっちみち責任取らないし。
by うつ夫 (2017-12-23 19:40) 

pn

いやぁ、ついていけないとホントきついんだよねー。
席の順番で答えていくんだけど俺飛ばされたからね、あの時はさすがにその場から逃げたくなりましたよ。
まあ当てられても答えられませんでしたが(笑)
by pn (2017-12-23 22:17) 

アールグレイ

わたしも、いっぷくさんのお考えに賛成です。
よく状況もわからないで中傷するのは困りますね。
コウノトリというドラマで、実際にダウン症の子供さんの母親役で出てこられましたね。
by アールグレイ (2017-12-23 22:47) 

nikki

途中で支援学校にかえるなら最初からのほうがいいと思います。
by nikki (2017-12-23 23:23) 

ゆりあ

義父が特別支援学校の校長をしていました。
親御さんの考えによって、生徒さんはそれぞれですよね。
親御さんの信念で、普通学級に入れたければそれは止められないことだと思います。
ただ、周辺を取り巻くお友達も必ずしも良い場合だけではないですよね^^;
友人のお子さんを見てて思いましたが…
もちろん、早くに支援学校に入って障害児として必要な自立の療育を受けた方が良いのは言うまでもないことだと私も思います。
by ゆりあ (2017-12-23 23:33) 

末尾ルコ(アルベール)

奥山佳恵のダウン症次男、支援学校を選択しなかった2つの理由?・・・このような話題についていちいち誹謗中傷する人たちって、(いったい、どんな人生を送っているんだ?)と思います。

>クラスメートに迷惑をかけるという意見

ここぞとばかり誹謗中傷する人間こそ社会の迷惑ですね。

>周りの児童にとっても勉強になるからこれはむしろ良いことです。

まったくおっしゃる通りです。多種多様な人間が生活しているのがまっとうな社会であり、一人として同じ人間はいないのです。昨今はまず親が、「自分の子どもさえよければいい」という意識で子育てをしている場合が多いとしか思えない現状がありますが、かと言ってフランスのような確固たる個人主義とも程遠く、結局は閉鎖社会で汲々として生きるしかない人間が増えているのだと思います。そんな人間の「卑しさ」がこうした際のネットの誹謗中傷によく表れていますね。嘆かわしいことです。
それにしても、いっぷく様の詳細で具体的、そしてかみ砕いてくださった分かりやすいご説明で、このような問題にあまり明るくなかったわたしもとてもよく理解させていただいております。いつもありがとうございます。

『限りなく透明に近いブルー』は、家の書斎の本棚にありました。しかしどう考えても、父は読んでない(笑)。母は「読んでいて恥ずかしくなった」的なことを言ってましたので、ペラペラと一部を眺めたのだと思います。どだい二人とも、『限りなく透明に近いブルー』的感性とは縁遠い人たちですので(笑)。
父は高校で古典を教えていましたが、現代文学などにはまったく興味がありませんでした。現代作家としては、開高健を気に入っていたのと、何やら渡辺淳一はちょくちょく読んでいたようです。
『なんとなく、クリスタル』は1980年発表ですね。『限りなく透明に近いブルー』はいかにも70年代の薫りが濃厚ですが、『なんとなく、クリスタル』はまさしく80年代のイメージです。現在の若い人たちはバブル時代を羨ましがったりしているようですが、社会精神的には80年代と現在は地続きで、70年代とは断絶があるように思っています。それと思い出したのですが、俳句・短歌に自信ありの父は俵万智を極端に嫌ってました。わたしも俵万智はあまり好きではないのですが、父の嫌い方は、「新しいものを受け入れたくない・受け入れられない」というかなり感情的なものだと感じてました。

橋本対小川はいまだに侃侃諤諤取り沙汰されていて、やはり実に興味深い一線でした。件の高学歴ファミリーの中のわたしのいとこで、その男は東大を出てNHKのディレクター(どの程度のポジションかは定かではないですが)をやっているんですが、比較的プロレスを熱心に観ていて、橋本対小川の感想を尋ねると、「あくまでプロレス内の過激な試合だった」的意見を述べ、当時はわたしはさほど熱心にプロレスを観てなかったものですから、(そんなものかな)と思ったのですが、現在いろいろ読んでいると、いとこの評価とはまったく違ってますね。

新日本の「引き立て役」試合は全部リストアップしたらおもしろいでしょうね。思えば、わたしも(ハンセン、何てすげえレスラーなんだ!)と度肝を抜かれた上田馬之助戦もその一つですし、いらなくなったレスラーを猪木が鉄拳制裁して終わらせるラッシャー戦やブッチャー戦もそうでした。そのあこぎさが、ギトギトして魅惑的な猪木(新日)ワールドの雰囲気を醸し出していた側面もありました。
橋本対小川は何度も観ましたが、「プロレス内」とは思えない要素の方がずっと多い印象です。小川が無体な打撃を加え始めた時の橋本の当惑ぶりがとても「演技」とは思えません。あれが「演技」でできたのであれば、もっと素晴らしいレスラーになっていたのではないかと。
小川と藤田は猪木とくっついたことでプロレス技術は上がらなくても目立って得した部分はありましたが、やはりプロレスとMMAの両立は難しく、両方中途半端になってしまっているのは惜しかったですね。それにしても大日本プロレスのギャラなどのお話を伺う度に、ある種、(そこまでの待遇でもプロレスをやりたい人間がいるのだ)とちょっとした爽快感を味わえます。ただ、だからと言って、大日本を観たくなるわけではありませんが(笑)。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2017-12-23 23:46) 

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