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西城秀樹、ヒューマンインタレストに富んだ洋楽に造詣深い音楽人

西城秀樹、ヒューマンインタレストに富んだ洋楽に造詣深い音楽人

西城秀樹の訃報一色といってもいい今日の芸能界のトレンドニュース。Facebookを見ても、いくつ西城秀樹の訃報投稿が流れてきたか分かりません。それほど突然のことでショッキングだったのでしょう。ということで、今日は私も西城秀樹訃報について書きます。




私がこのブログで以前書いた、

西城秀樹、2度の脳梗塞で重い後遺症から懸命リハビリの日々

西城秀樹が2度目の脳梗塞後、必死にリハビリを行っているという記事が、半日でアクセス数を上げています。

「新御三家」というのは、まだ私が子供の頃命名されたものですが、脳梗塞になったから、早逝したからいうのではなくて、当時から私は、西城秀樹にもっとも関心がありました

ねんのため、新御三家というのは、野口五郎、郷ひろみと西城秀樹ですね。

郷ひろみの原武さん家は、大田区仲六郷の国鉄官舎に短期間住んでいたことがあるそうで、ちょうどその時期に、やはり短期間でしたが赤ん坊の頃(0~1歳)の私と私の両親が住んでいたので、なんとお隣同士だったことが後になって判明しました。

郷ひろみにはその意味での親近感や関心はありますが、それはともかくとして、要するに国鉄職員という堅い家庭の子弟で、その後は日大桜丘高校に進学する、都会の比較的教育熱心な核家族で大事に育てられてきた都会っ子です。(生まれは田舎だったそうですが)

一方、西城秀樹は実家が広島のパチンコ店を生業。

すでに義務教育中から米軍岩国基地のライブハウスで活動し、地元の高校を卒業前に上京した「ジャズ喫茶」出身の歌手です。

もうこの時点で、ジャニー喜多川が「今もいちばん心に残る配下のタレントだった」と未練を持つ郷ひろみとは全く異なる歩みです。

そして、御三家の中で最も洋楽に造詣が深い音楽人でした。

でもジャズを心から楽しそうに語ることはあっても、ボクは詳しいのだと、郷ひろみのようにけれんのかかった自慢をしないところがまたかっこよかった。

何よりいちばん印象に残ったのは、当時『ぎんざNOW!』(TBS)という番組だったと思うのですが、自分から被爆二世であることを打ち明けたことでした。

現在のひな壇バラエティタレントのように、病気だろうが貧乏だろうが、見境なく過去を切り売りできる時代ではないのです。

まだ芸能人が、「お茶の間」の視聴者に夢を与える時代で、経歴は華々しいことしか(しかも脚色して)明らかにしない当時の芸能界で、自分からテレビの電波で、被爆という決して軽くは語れないことを堂々と打ち明けたことに対して、少年時代の私は胸が一杯になってしまいました(涙)

その他、在日韓国人として生まれた、実姉が射殺された五代目山口組宅見勝若頭の嫡子を生んだ、といったことも取り沙汰されています。

要するに、ヒューマンインタレストという点で、西城秀樹は他の2人とは全くスケールが違うのです。

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松木ひろし、西田敏行との出会い


西城秀樹の訃報にあたっては、出演ドラマとして『寺内貫太郎一家』(TBS、1974年)が紹介されているようですが、私は『明石貫平35才』(日本テレビ、1983年4月30日~7月23日)を挙げたい。

明石貫平35才
NTV公式サイトより

この作品で、植木等の『無責任』シリーズや、石立鉄男のドラマを書いた、ライトコメディの大御所である松木ひろし、そして泣ける喜劇ドラマのエース的存在になりつつあった西田敏行と出会ったからです。

ストーリーは、松原智恵子をお腹の子どもごと引き取った西田敏行ですが、ちょっとした齟齬から松原智恵子は江本孟紀のもとへ。

しかし、松原智恵子は死んでしまい、残った娘を、西田敏行と江本孟紀が同居して育てる話です。

西城秀樹は、江本孟紀の弟で、本来なら兄の肩をもって西田敏行を追い出してもいいのですが、2人と暮らしたいという娘の気持ちを尊重して、家を提供して、自分が店長を務めるスーパーで西田敏行を雇うという設定です。

この頃の西城秀樹は三十路近くなったこともあり、長髪をスパッと切って、スーパーの店長としての厳しさと、西田敏行との信頼関係を演じていました。

私個人は、『池中玄太80キロ』(1980年4月5日~1981年8月29日)よりもこのドラマのほうが好きでしたね。

日本テレビのBSや、CSのどこかのチャンネルで追悼の放送を希望します。

西城秀樹さんの生前のご遺徳をお偲び申し上げます。

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コメント 25

nikki

5月18日のテレビ朝日系お昼の徹子の部屋は追悼企画へ急きょ差し替えだそうです。

名古屋城のことを記事にされてましたが、エレベータ問題より先に石垣問題のほうが大きそうです。
名古屋市のまけだと思ってしまいました。
この記事ではご迷惑をおかけしました。

by nikki (2018-05-18 00:01) 

うつ夫

太く短く、駆け抜けた人生だったんですかねえ。お悔やみ申し上げます。
by うつ夫 (2018-05-18 00:37) 

ナベちはる

突然の訃報、驚きました。
まだまだ輝き続けると思っていたなかで、誰もが耳を疑ったのでは…
by ナベちはる (2018-05-18 00:48) 

末尾ルコ(アルベール)

西城秀樹、ヒューマンインタレストに富んだ洋楽に造詣深い音楽人・・・わたしも新御三家の中では西城秀樹が一番好きでした。と言いますか、そもそも男性アイドルに対して「好き」とかいう感情は子どもの頃からふつう持つことはなかったのですが、秀樹だけはちょっと別でしたね。あの歌い方は滅多なことではできないと、子ども心にも理解していたのだと思います。アイドル離れした男っぽさも魅力でした。
それにしても今夜のお記事も凄い切り口で、いつもながら、いっぷく様のご関心の深さ、ご洞察力の素晴らしさに敬服いたします。こうした西城秀樹の来歴のほとんどを、わたしは知りませんでした。

>郷ひろみのようにけれんのかかった自慢をしないところがまたかっこよかった。

そうなんですよね。郷ひろみにはそれがあるんですよね。ある時期から無理矢理な「知的風」のコメントをするようになりました。それは彼の知的コンプレックスから来るのは明らかなのですが、やはり聞いていて鼻白むところはありました。

>自分から被爆二世であることを打ち明けたことでした。

西城秀樹が被爆二世だということはおぼろげに何かで読んだ記憶がありますが、テレビで告白したという事実も初めて知りました。凄いお話ですね。

『明石貫平35才』もおぼろげに記憶にあるような。83年で日本テレビですから、観ているかもしれません。
それにしても西城秀樹、若くしての脳梗塞は本当に残念なことでした。しかも数年後に再発とは、残酷な経過だったと、ご本人とご家族の心情を想像するだけで心が痛みます。あと、西城秀樹の場合、若い頃から「アイドル」と呼ぶのとはかなり異なるスケールの大きさだったと、今更ながら感じます。

>「パパじゃないのよ」

これは魅力的な人妻さんにそれなりの表情で言われたら、脳内女性ランキングでその人のごぼう抜きになってしまいますね(笑)。
それで思い出したのですが(←こういうケースが多いですね 笑)、実はわたしの自宅の北と南にまだ20代で小さな子ども連れの女性が住んでいた時期がありまして、どちらも文句なしの美形。南の方は既に離婚しており、北の方は夫と別居で、「いなくなって、すっきりしました」なんてことをしょっちゅう言っておりました。自分で語るのも何ですが、お二人とも明らかにわたしを狙っていたという自覚がありました。特に北の方はプロポーションも抜群で、女性としての魅力は人一倍、しかも「どっかへ行っちゃった」というようなお粗末な男と結婚してた割りには、ちょっと落ち着いたいい感じの佇まいでした。さらに、わたしは目撃したことはなかったのですが、母が言うには、「二階の部屋で窓を開けたまま裸でいた」と、その女性がイケイケタイプではなかっただけに、(へえ~~)と思ったものです。正直なところわたしも少々気が合って、家の前の道ですれ違う時などに、お互い思わせぶりな挨拶を交わしたりしたものです。(突っ走ってもいいかな)と考えることもありましたが、実は当時のわたしには他に熱中している女性がおりまして、二股とかいうのは好きじゃないのと同時に、熱中している女性がいる時期に他の女性と付き合うということはしないタイプだったので、気はありながらもそのままにしていました。しかしその女性の家屋は一戸建ての貸家で、母親、高校生の妹、そして女の子の(ほぼ)赤ん坊の4人住まいで新聞代の支払いも逼迫している様子で、ほどなくして小金はありそうだけれど、「いかにもおじさん」という男と腕組んで歩いているのを見かけ、断定してはいけませんが、(生活の必要上、あのようになってしまうんだな・・・)と思わざるを得ませんでした。

いっぷく様のお書きくださった魅惑的エピソードでも感じさせていただけるのですが、エロティシズムや急速な精神的接近など、ちょっとした言葉や仕草で発生するものですよね。今の日本映画やドラマはそのような機微が描けないのでつまらないというのはあります。やはりそういうのは、溝口健二や成瀬巳喜男が頂点でしょうね。RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2018-05-18 01:35) 

green_blue_sky

とても残念です・・・
by green_blue_sky (2018-05-18 05:53) 

pn

ファンだった記憶はないのですが初めて買ったレコードが西城秀樹のでした。
by pn (2018-05-18 06:10) 

ヤマカゼ

一斉を風靡してましたね。
幼少期のアイドルでしたね。
by ヤマカゼ (2018-05-18 06:37) 

旅爺さん

西城秀樹・・・逝っちゃいましたね、ホロリ
by 旅爺さん (2018-05-18 07:17) 

チャー

訃報に驚きました
亡くなられ 改めて偉大さを感じます
by チャー (2018-05-18 07:26) 

kou

あまりにも早く驚きました。
御三家のの中では一番好きな歌手でした。
by kou (2018-05-18 07:30) 

たじまーる

西城秀樹さんは
以前よりとても苦しい病気と闘ってきまして
今回の訃報はとてもショックです・・・・
心よりご冥福を申し上げます。

by たじまーる (2018-05-18 07:48) 

拳客の奥様

信濃町駅近くの喫茶店で、一人静かに「ナポリタン」を食べ
^^何時も予約済みの美容室へ行ってました…当時テレビ局
と録音スタジオの途中、お昼だったんでしょう☆
ご冥福をお祈りします。
by 拳客の奥様 (2018-05-18 08:00) 

Rinko

ステージに戻るために大変なリハビリに耐えて頑張っていらっしゃる映像を見ていただけに、訃報に驚き胸が痛くなりました。
こんな経歴の持ち主だったんですね。
また「素敵な昭和」をひとつ失った喪失感があります。。。
ご冥福をお祈りいたします。
by Rinko (2018-05-18 08:03) 

なかちゃん

デビュー時のキャッチフレーズでしたっけ?が、『ワイルドな17歳』というのだったと思います。
新御三家は、それぞれが人気者であったということ以外は歌の路線もかぶらず、とても魅力的な三人だったと思います。
今では芸能界にはとんと興味がなくなったボクですが、とても好きでした(^^)

by なかちゃん (2018-05-18 09:02) 

johncomeback

僕はフォーク少年で歌謡曲に関心に無かったんですが、
西城秀樹はなんてカッコいいんだろう、生まれ変わったら
あんな容姿に生まれたいと思っていました。
ご冥福をお祈り申し上げます。
by johncomeback (2018-05-18 09:19) 

kohtyan

早すぎましたね。
歌唱力、スタイル、容姿、三拍子そろった歌手でした、
私とは、一世代離れていますが、YMCAは痛快でした。
by kohtyan (2018-05-18 09:42) 

ゆきち

小学校の時、掃除の時間に長いホウキをスタンドマイク代わりにして西城秀樹のものまねを皆でやっていたのが懐かしいです。カレーのCMも忘れられません。
今見ても本当にカッコよく魅力的な歌声で改めて全部聴きたくなりました。
ご冥福をお祈りいたします。
by ゆきち (2018-05-18 10:57) 

いっぷく

みなさん、コメントありがとうございます。

一言加えますと、出自にいいも悪いもありません。

悪いことであるかのような体裁で晒すのはヘイト。
すでに公然となっている出自に言及するのを否定するのも差別の裏返しです。
在日韓国人として生まれたが日本人に帰化した。
それだけのことです。

by いっぷく (2018-05-18 13:44) 

kiki

いっぷくさん、いつもながら詳しいです。
テレビ番組、分かるのは『寺内貫太郎一家』くらいでした。
ご活躍されたのですね。
ご冥福をお祈りいたします。
by kiki (2018-05-18 14:35) 

ちょろっとぶぅ

小学生の頃、大好きだったの。
かなり、ショックで。。。
昨日は、ずーっと頭の中「ラストシーン」流れてました。。。
by ちょろっとぶぅ (2018-05-18 15:38) 

makkun

彼が1回目の脳梗塞を患った時の様子を知って
驚きました・・・・
当時の私は脳出血の後遺症に悩み
「とあるモノ」を飲んでたのですが
その「とあるモノ」を彼も飲んでいて
冊子に紹介されてました。
私も回復ぶりを冊子に載せたいと連絡があったのですが
顏写真が載るのでお断りした経緯があります。
まだ若いのに・・・ザンネン!!!
by makkun (2018-05-18 15:59) 

Take-Zee

こんにちは!
自分より若い人が亡くなると複雑な気持ち。

by Take-Zee (2018-05-18 16:58) 

ヨッシーパパ

カレーのCMが印象的でしたね。
by ヨッシーパパ (2018-05-18 18:28) 

ぱんだはんな

2度の脳梗塞に負けず、必死にリハビリする姿には
心を打たれました。
ファンも多く、有名な方だとは存じておりましたが
マスコミの取り上げ方の多さにも驚きました。
by ぱんだはんな (2018-05-18 20:48) 

yamatonosuke

また一人昭和のスターが逝ってしまいましたね。
どうぞ安らかにお眠りください。
by yamatonosuke (2018-05-19 01:03) 

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